認知度がなくても人が集まる|採用マーケティングとは?

現代の日本において、少子高齢化による労働人口の減少や働き方の価値観の多様化が進み、企業の人材獲得競争は激化の一途をたどっています 。もはや企業が一方的に候補者を選ぶ時代ではなく、候補者から「選ばれる」ための戦略的な取り組みが不可欠です 。  

このような背景から注目されているのが、「採用マーケティング」です。採用マーケティングとは、マーケティングの思考法や手法を採用活動に応用し、自社の魅力を効果的に伝え、求める人材を惹きつけ、獲得・維持していくための活動を指します 。  

本コラムでは、この採用マーケティングについて、その定義、重要性、具体的な戦略や手法、導入によるメリット、そして成功のポイントまで、包括的に解説します。採用活動の質を高め、変化する市場環境に適応するためのヒントとしてご活用ください。

【このシリーズを読んでほしい人!】

・日々の業務改善や戦略立案に役立つ具体的な知識や手法を求めている人事・採用担当者
人材獲得を経営課題として捉え、中長期的な視点での採用戦略に関心がある経営者
・採用ブランディングや企業の魅力発信に関与している方

【このシリーズを読むことでのベネフィット】

・候補者から「選ばれる」ための新しいアプローチを学ぶことができる
・自社の採用活動をより戦略的、効果的、かつデータに基づいたものへと改善するヒントが見つかる
・採用ブランディング強化とミスマッチ防止に役立つ

目次

採用マーケティングとは

採用マーケティングの定義

採用マーケティングとは、従来の採用活動にマーケティングの思考法や具体的な手法を戦略的に取り入れるアプローチを指します 。これは単に「人を集める作業」とは一線を画し、自社を一つの「商品」として捉え、求職者という「顧客」から能動的に「選ばれる」ための価値を創造し、効果的に伝達していくプロセスです 。  

具体的には、企業が理想とする人材像(ペルソナ)とそのニーズを深く理解し、それに応える魅力的な待遇や職場環境を整備することから始まります 。そして、ターゲットとなる潜在層を含む幅広い候補者層に対して自社の認知度を高め、興味・関心を喚起し、最終的には応募、内定承諾へと導く一連の活動を展開します 。さらに、その視野は入社後にも及び、採用した人材の定着と活躍、さらには自社の推奨者(ファン)となってもらうことまでを含めた、持続的な仕組みづくりを目指すものです 。この点で、求人を掲載して応募を待つといった短期的な補充型の採用活動とは異なり、まだ転職意向が明確でない潜在層をも対象とし、中長期的な視点で候補者との関係を構築していく戦略的な活動であると言えます 。  


採用マーケティングが求められる背景

採用マーケティングの必要性が叫ばれる背景には、日本の労働市場および社会環境における複数の構造的な変化が存在します。

労働人口の減少と人材獲得競争の激化

日本の少子高齢化は労働力人口の継続的な減少をもたらし、多くの産業で人材不足が深刻化しています 。特に、専門的なスキルを持つ人材や、企業の成長を牽引するポテンシャルを持つ優秀な人材の希少価値は高まる一方です 。この結果、企業間の人材獲得競争は熾烈を極めており、従来の求人媒体に登録している「転職顕在層」だけをターゲットとする採用活動では、十分な成果を上げることが難しくなっています 。企業は、まだ積極的に転職活動を行っていない「転職潜在層」にも目を向け、早期からアプローチし、関係性を構築していく必要性が生じています 。  

求職者の価値観・行動の多様化

現代の求職者は、仕事選びにおいて多様な価値観を持つようになっています。リモートワークの普及や副業の一般化といった働き方の変化、SNSの浸透による情報流通の変化などが影響し、単に給与や企業の安定性といった条件だけでなく、仕事そのもののやりがい、自己成長の機会、企業文化への共感、社会貢献度などを重視する傾向が強まっています 。また、情報収集の方法も多様化しており、企業の公式情報だけでなく、口コミサイト、SNS、社員個人の発信など、多角的な情報を比較検討するようになっています 。企業側は、こうした求職者の変化に対応し、自社の理念、文化、働く環境、キャリアパスといった、表面的な条件だけではない内面的な魅力を、ターゲットに合わせて効果的に伝えていく必要に迫られています 。入社前に企業への深い理解を促すことは、選考辞退や入社後のミスマッチによる早期離職を防ぐ上でも極めて重要です 。  

採用チャネルの多様化と情報流通の変化

インターネット技術の進展は、採用活動に用いることができるチャネルを大幅に多様化させました。従来の求人広告や人材紹介エージェントに加え、企業が候補者に直接アプローチするダイレクトリクルーティング、SNSを活用したソーシャルリクルーティング、自社でメディアを運営し情報発信するオウンドメディアリクルーティング、社員紹介によるリファラル採用など、様々な手法が登場しています 。一方で、就職・転職に関する口コミサイトや個人のSNSアカウントを通じて、企業に関する情報(ポジティブなものもネガティブなものも含む)がオープンに流通するようになりました 。これにより、企業は自社に関する情報をコントロールすることが難しくなる一方、自ら積極的に、透明性を持って情報を発信していく戦略的なコミュニケーションが不可欠となっています 。  

これらの背景要因は、単独で存在するのではなく、相互に強く関連し合いながら、現在の「候補者優位」とも言える採用市場を形成しています。労働人口の減少が候補者の選択肢を増やし、同時に情報アクセスの容易化が候補者の企業評価基準を多様化させ、結果として企業は画一的なアプローチでは通用しなくなっています。企業は、候補者一人ひとりの価値観やニーズに向き合い、ターゲットを明確に定義し(ペルソナ設定)、そのターゲットに響く独自の価値(EVP)を設計・発信し、ポジティブな候補者体験(CX)を提供するといった、より個別化され、戦略的な採用マーケティングの実践が求められる状況にあるのです。

また、このような採用環境の変化は、採用活動が単なる人事部門の一機能ではなく、企業の持続的成長に直結する経営戦略上の重要課題であることを示唆しています。優秀な人材は、イノベーションの創出、生産性の向上、新たなビジネスチャンスの発見に不可欠な存在です 。人材獲得競争が激化する中で、従来の採用手法に限界が見える今、採用マーケティングによる戦略的なアプローチは、事業成長の基盤を築く上で欠かせません。したがって、採用マーケティングの推進は、経営層が主体的にコミットし、全社的に取り組むべき重要戦略と位置づける必要があります。  

さらに、この変化は、採用担当者に求められるスキルセットにも変革を促しています。従来型のオペレーション業務(応募者管理、面接調整など)に加えて、マーケティングの思考法、ターゲット分析能力、データに基づいた効果測定と改善能力、魅力的なコンテンツを企画・制作・発信する能力などが不可欠になりつつあります 。採用マーケティングはマーケティング手法の応用である以上 、これらのスキルを採用担当者自身が習得するか、あるいは専門的な知識を持つマーケターとの緊密な連携体制を構築することが、効果的な実践のためには必須となります 。これは、従来の採用担当者の役割定義を超える、新たな能力開発と組織体制の構築が求められていることを意味します。  


採用マーケティング導入のメリット

採用マーケティングを戦略的に導入・実践することは、企業に様々なメリットをもたらします。

応募者数・質の向上

採用マーケティングでは、転職潜在層を含む、より広範な候補者層にアプローチするため、結果として採用の母集団が拡大し、応募者数の増加が期待できます 。さらに重要なのは、単なる数の増加だけでなく、「質」の向上に繋がる点です。ペルソナ設定に基づき、ターゲットとする人材層に的確に響く情報(企業の魅力、価値観、働きがいなど)を発信することで、自社の求める要件や文化にマッチした候補者からの応募が増加する傾向にあります 。  

採用コストの削減

ターゲットを絞り込み、効果的なチャネルを選定してアプローチすることで、採用活動の効率が向上します。これにより、従来依存しがちだった高単価な求人広告媒体への出稿や、人材紹介エージェントへの手数料支払いを抑制し、自社の採用サイト(オウンドメディア)やSNS、リファラル採用といった、比較的低コストで運用可能なチャネルの活用比率を高めることで、一人当たりの採用単価(採用コスト)を削減することが可能になります 。加えて、後述するミスマッチの防止による早期離職率の低下は、離職に伴う再採用コストや、新たな人材の教育・育成にかかるコストの削減にも大きく貢献します 。これには、目に見える直接的なコストだけでなく、採用活動の長期化による機会損失や、欠員補充までの間の既存チームメンバーの残業増加といった、間接的な(見えにくい)コストの抑制効果も含まれます 。  

ミスマッチ防止と定着率向上

採用マーケティングでは、企業の魅力だけでなく、実際の仕事内容、働く環境、企業文化、大切にしている価値観などを、候補者に対して入社前から具体的かつ正直に伝えることを重視します。これにより、候補者は企業に対する理解を深めた上で応募・入社を判断できるため、入社後に「思っていたのと違った」という期待値のギャップ(ミスマッチ)が生じるリスクを低減できます 。自社の価値観に共感し、納得して入社した人材は、早期に離職する可能性が低く、結果として社員の定着率向上が期待できます 。  

企業・採用ブランディングの向上

ブログ記事、SNS投稿、動画コンテンツ、イベント開催などを通じて、企業の魅力や社員のリアルな声を継続的に発信していく活動は、候補者や潜在層に対する企業の認知度を高めるだけでなく、働く場としての魅力的なイメージ(採用ブランド)を構築・向上させる効果があります 。候補者にとって「あの会社で働いてみたい」「魅力的な会社だ」と認識されるようになれば、優秀な人材からの応募意欲を喚起しやすくなります。さらに、継続的なエンゲージメントを通じて「自社のファン」を増やすことができれば 、それは短期的な採用成果だけでなく、中長期的に企業の採用力を強化する無形の資産となります。  

採用プロセスの効率化

採用ターゲットが明確になり、彼らに向けた情報発信が強化されることで、応募してくる候補者の質が向上し、結果として選考プロセス全体が効率化されます 。候補者は応募前にある程度の企業理解を持っているため、面接では表面的な情報の確認ではなく、より本質的なスキルや経験、価値観のマッチングに関する深い議論を行うことができるようになります 。また、候補者からの質問内容も、より具体的で的を射たものになる傾向があり 、コミュニケーションの質も向上します。  


採用マーケティングの主要戦略と手法

採用マーケティングを実践する上で、核となる戦略と具体的な手法について解説します。これらは相互に関連し合いながら、採用活動全体の効果を高めます。

ターゲットオーディエンスの定義

効果的な採用マーケティングは、まず「誰に」アプローチするのかを明確に定義することから始まります。

ペルソナ設定:

採用したい理想の人物像を具体的に描き出す作業です。単なる職務要件だけでなく、年齢、居住地、保有スキル、学歴、職務経歴、志望業界、キャリアに対する考え方、仕事における価値観、モチベーションの源泉、さらには趣味や普段利用する情報収集メディアといった項目まで、詳細に設定します 。ペルソナを明確にすることで、「誰に届けるのか」という問いに対する共通認識が組織内で醸成され 、その後のメッセージングやチャネル選定、アプローチ方法の的確性を高めることができます 。  

市場・競合分析:

自社を取り巻く採用市場の環境を客観的に把握することも不可欠です。3C分析(候補者、競合、自社) やSWOT分析(強み、弱み、機会、脅威) といったフレームワークを活用し、採用市場における自社の現在の立ち位置、他社と比較した場合の強みや弱み、競合企業がどのような採用活動を行っているのか、そしてターゲットとする候補者が何を求めているのか(ニーズ)を深く理解します 。この分析を通じて、自社が取るべき戦略の方向性が見えてきます。  

バリュープロポジションとコミュニケーション

次に、「何を」伝えるのか、そして「どのように」伝えるのかを設計します。

EVP (従業員価値提案) の定義:

EVPとは、企業が従業員に対して提供できる独自の価値や魅力のことです。企業の理念やビジョン、事業内容や仕事のやりがい、共に働く人々や組織文化、キャリア成長の機会や研修制度、給与や福利厚生、働きがいのある環境など、様々な要素を洗い出し 、それらを整理・統合して、候補者にとって魅力的で、かつ競合他社とは差別化された自社ならではの価値提案を明確に言語化します 。WORCSフレームワーク(戦略、文化、報酬、機会、労働環境) なども、EVPを体系的に整理する上で役立ちます。  

戦略的な情報発信:

定義したEVPや企業の様々な魅力を、設定したターゲット層(ペルソナ)に響くようなメッセージに変換し 、彼らが接触する可能性の高い適切なチャネルを通じて、継続的かつ一貫性を持って発信していくことが重要です 。

情報発信チャネルの例:

具体的なチャネルとしては、企業の公式ウェブサイト内の採用ページや、自社で運営するブログ(採用オウンドメディア)、Facebook, Twitter, LinkedIn, InstagramなどのSNS 、YouTubeなどでの動画やポッドキャストなどの音声コンテンツ 、会社説明会や社員との交流会、業界セミナー、技術勉強会といったオンライン・オフラインのイベントやミートアップ、ウェビナー 、企業の魅力や働く環境をまとめた採用ピッチ資料 、メディア向けのプレスリリース 、社員の生の声を紹介するインタビュー記事 などが挙げられます。  

チャネル選定の重要性:

これらのチャネルを闇雲に利用するのではなく、ターゲットとする候補者の年齢層、職種、地域、情報収集の行動特性などを考慮し、最も効果的にメッセージを届けられるチャネルを選択し、組み合わせて活用することが求められます 。  

候補者エンゲージメント

候補者との接点における体験価値を高め、関係性を深めていく取り組みも重要です。

候補者体験 (CX) の最適化:

候補者体験(CX)とは、候補者が企業を初めて認知してから、選考プロセスを経て入社(あるいは不採用通知を受け取る)に至るまでの、企業とのあらゆる接点において候補者が経験すること、そしてそこから抱く感情や印象の総体を指します。この一連の体験を候補者視点で見直し、ポジティブなものへと設計・改善していくことで、候補者の入社意欲を高め、企業の評判を守り、ひいては採用活動全体の成功に繋げます 。

CX改善の具体策:

例えば、応募後の連絡や面接日程調整の迅速化、選考プロセスや期間の透明化と可能な限りの短縮、面接における丁寧で敬意ある対応、合否に関わらず適切なフィードバックの提供 、そして採用プロセス全体を通じて一貫性のあるメッセージ(EVPに基づいた魅力)を伝えること などが挙げられます。  

候補者ジャーニーマップの活用 :

候補者が企業を認知し、興味を持ち、情報を調査し、応募・選考を経て、最終的に入社(あるいは他社を選択)し、さらには入社後に自社を推奨するようになるまでの一連のプロセスにおける、候補者の行動、思考、感情、そして企業とのタッチポイントを時系列で可視化したものが候補者ジャーニーマップです 。このマップを作成・活用することで、候補者の視点に立ち、各段階(フェーズ)で候補者がどのような情報を必要とし、どのような感情を抱きやすいかを理解し、それぞれの段階に合わせた最適なアプローチ方法、情報提供の内容、コミュニケーション戦略を計画・実行することが可能になります 。採用ファネル 、5A理論 、AIDMAモデル 、求職者の6Steps など、候補者のプロセスを段階分けして捉える考え方は、このジャーニーマップの設計と活用に役立ちます。  

パフォーマンス測定と改善

採用マーケティングは、実行して終わりではありません。効果を測定し、データに基づいて改善を続けるプロセスが不可欠です。

データ収集と分析 :

採用マーケティング活動に関連する様々なデータを収集し、分析可能な状態に管理することが第一歩です。収集すべきデータの例としては、各求人媒体やチャネルごとの応募者数、応募者の属性(経験、スキルなど)、選考段階ごとの通過率(歩留まり)、採用サイトのページビュー数(PV数)や滞在時間、SNSアカウントのフォロワー数や投稿への反応(いいね、シェア、コメント、インプレッション数)、内定承諾率、採用決定までにかかった期間(Time-to-Hire)、一人当たりの採用コスト(Cost-per-Hire)、そして入社後の定着率やパフォーマンス評価などが挙げられます 。  

KPI設定と追跡:

収集したデータの中から、採用マーケティング活動の成否を測るための重要業績評価指標( KPI)を設定します。例えば、「ターゲットとするペルソナからの応募数」「採用サイト経由の内定承諾率」「SNSからのウェブサイト流入数」「採用単価の前年比削減率」など、具体的で測定可能な目標を設定し、その達成度を定期的に追跡・評価します 。SMART原則に基づいた目標設定は、KPIの有効性を高める上で役立ちます 。  

継続的な改善:

KPIの追跡やデータ分析を通じて得られた結果に基づき、実施した施策の効果を客観的に評価します。そして、何が上手くいき、何が課題だったのかを特定し、改善策を立案・実行します。この計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)のPDCAサイクルを継続的に回していくことで、採用活動の質を段階的に高めていくことができます 。例えば、特定のメッセージがターゲットに響いていないことがデータで示されればメッセージ内容を見直す、あるチャネルからの応募者の質が低いと分かればそのチャネルへの投資を減らす、といった改善を行います。異なるバージョンの求人広告やウェブサイトのデザインなどを比較テストするA/Bテスト も、データに基づいた改善を進める上で有効な手法です。重要なのは、短期的な成果だけでなく、数ヶ月から年単位といった中長期的な視点でのデータ分析と改善を続けることです 。  

関係構築

採用マーケティングは、応募を促すだけでなく、候補者との長期的な関係性を築くことも重視します。

タレントプールの活用 :

タレントプールとは、将来の採用候補者となりうる人材のデータベースのことです。過去に応募があったものの採用に至らなかった候補者、内定を辞退した候補者、インターンシップ参加者、イベント参加者、あるいは退職した元社員(アルムナイ)などの情報を一元的に管理し、彼らに対して定期的に企業の最新情報、業界動向、キャリアに役立つ情報などを提供したり、交流イベントに招待したりするなど、継続的なコミュニケーションを通じて関係性を維持・構築します 。これにより、企業の採用ニーズが発生した際に、ゼロから候補者を探すのではなく、既に関係性のあるプールの中から迅速かつ効果的にアプローチすることが可能になります。  

リファラル採用の推進 :

リファラル採用とは、自社の社員に人材を紹介してもらう採用手法です。社員は自社の文化や働き方をよく理解しているため、彼らからの紹介で応募してくる候補者は、企業文化への適合性が高い(カルチャーフィットする)傾向があります 。また、信頼できる知人からの情報は候補者にとって説得力が高く、優秀な人材の獲得に繋がりやすいとされています。採用マーケティングの観点からは、社員自身が自社で働くことに満足し、積極的に知人に紹介したくなるような、魅力的な職場環境や企業文化を醸成すること(従業員エンゲージメントの向上)が、リファラル採用を成功させるための基盤となります 。  


採用マーケティングにおけるフレームワーク活用

採用マーケティングを効果的に推進するためには、様々なマーケティングフレームワークを活用することが有効です。

フレームワーク活用の意義

フレームワークは、採用マーケティングにおける複雑な要素(自社の状況、市場環境、競合の動き、候補者のニーズなど)を整理し、客観的に分析するための思考の枠組みを提供します 。これにより、担当者の勘や経験だけに頼るのではなく、より論理的かつ体系的に戦略を立案し、具体的な施策を検討することが可能になります。また、チーム内や関係部署との間で共通言語を持ち、議論を深める上でも役立ちます。  

主要フレームワークとその適用例

採用マーケティングにおいて活用できる主なフレームワークを、その目的別に分類して紹介します。

分析系フレームワーク:

主に現状把握や戦略の方向性を定めるために用いられます。

3C分析:

候補者(Candidate/Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つの視点から市場環境を分析し、自社の置かれている状況(ポジショニング)や取るべき戦略の方向性を見出すために活用されます 。  

4C分析:

候補者の視点を中心に、候補者にとっての価値(Customer/Candidate Value)候補者が負担するコスト(Cost)候補者にとっての利便性(Convenience)候補者とのコミュニケーション(Communication)の4つの要素を分析し、候補者から選ばれるための採用戦略やプロセスを設計する際に役立ちます 。  

SWOT分析:

自社の内部環境である強み(Strength)と弱み(Weakness)、そして外部環境である機会(Opportunity)脅威(Threat)を洗い出し、これらを掛け合わせることで、自社が取るべき戦略オプション(例:強みを活かして機会を捉える戦略)を具体的に検討します 。  

4P分析 (採用版):

マーケティングの4P(Product, Price, Place, Promotion)を採用活動に応用した考え方です。例えば、企業理念(Philosophy)、事業・業務内容(Profession)、人材・文化(People)、働き方・待遇(Privilege)といった要素を整理し、自社の魅力(提供価値)を多角的に分析・定義するために用いられます 。  

PEST分析:

政治(Political)、経済(Economic)、社会(Social)、技術(Technological)といったマクロな外部環境要因が、自社の採用活動にどのような影響を与えるかを分析し、中長期的な視点での採用戦略を立案する際に考慮されます 。  

STP分析:

採用市場を特定の基準で細分化し(Segmentation)、その中から自社が狙うべきターゲット市場を選定し(Targeting)、その市場において競合と差別化された独自のポジションを確立する(Positioning)ための戦略を策定するプロセスです。これにより、採用活動の焦点を絞り込み、より効果的なアプローチを可能にします 。  

WORCS:

特にEVP(従業員価値提案)を構築・整理する際に有効なフレームワークです。事業・戦略(Strategy)、文化・人(Culture)、報酬・ベネフィット(Rewards)、機会・キャリア(Opportunity)、はたらく環境(Work Environment)の5つの要素から、自社が従業員に提供できる価値を体系的に洗い出すのに役立ちます 。  

プロセス設計系フレームワーク:

候補者が企業を認知してから入社に至るまでのプロセスを理解し、最適化するために用いられます。

採用ファネル/候補者ジャーニー:

候補者の行動や心理状態を、認知、興味・関心、検討、応募、選考、内定、入社(+入社後の推奨)といった段階(ファネル)に分けて捉え、各段階における候補者の体験を可視化(ジャーニーマップ)します。これにより、各段階での課題(例:興味段階での離脱が多い)を特定し、改善策(例:魅力的なコンテンツを増やす)を講じることが可能になります 。  

5A理論:

マーケティング学者フィリップ・コトラーが提唱した、現代の顧客行動プロセスモデルを採用に応用したものです。認知(Aware)→訴求(Appeal)→調査(Ask)→行動(Act)→推奨(Advocate)の5つの段階を経て、候補者の意思決定がどのように進むかを理解し、各段階に応じたマーケティング施策(情報提供、コミュニケーション)を検討します 。入社後の「推奨」まで含まれている点が特徴です。  

AIDMAモデル:

古典的な消費者行動モデルの一つで、注意(Attention)→興味(Interest)→欲求(Desire)→記憶(Memory)→行動(Action)という心理プロセスを採用活動に当てはめ、候補者が応募に至るまでの心理的な変化を理解し、各段階で有効なコミュニケーション戦略(例:注意を引くためのキャッチコピー、興味を深めるための詳細情報提供)を策定する際に参考になります 。  

TMP設計:

採用ターゲット(Targeting)を明確にした上で、そのターゲットに最も響くメッセージ(Messaging)を策定し、そのメッセージが効果的に伝わるような採用プロセス全体(Processing)を設計するという、一連の流れで考えるフレームワークです 。  

計画・運用系フレームワーク:

採用マーケティング活動全体の計画立案、目標設定、進捗管理、そして継続的な改善を支援します。

SMART目標設定:

設定する目標が、具体的(Specific)測定可能(Measurable)達成可能(Achievable)関連性がある(Relevant)期限付き(Time-bound)であるべきとする原則です。採用マーケティングにおけるKPI設定などに適用することで、目標の明確化、進捗状況の客観的な評価、達成に向けたモチベーション向上に繋がります 。  

PDCAサイクル:

計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)という一連のプロセスを繰り返し行うことで、業務を継続的に改善していく手法です。採用マーケティングにおいても、施策の計画・実行後、データに基づいて効果を評価し、次の改善策に繋げるというサイクルを回すことで、活動全体の質を着実に高めていくことができます 。  

採用マーケティングフレームワーク一覧表

以下に、主要なフレームワークを一覧表にまとめました。

フレームワーク名 カテゴリ 主な目的・用途
3C分析分析候補者、競合、自社の分析を通じた市場でのポジショニング把握、戦略方向性の決定
4C分析分析候補者視点での価値、コスト、利便性、コミュニケーション分析による、候補者中心の採用戦略・プロセス設計
SWOT分析分析自社の強み、弱み、外部の機会、脅威の分析による戦略オプションの検討
4P分析 (採用版)分析理念、事業/業務、人材/文化、働き方/待遇など、自社の魅力(提供価値)の多角的分析・定義
PEST分析分析政治、経済、社会、技術のマクロ外部環境要因分析による、中長期的採用戦略への影響評価
STP分析分析市場細分化、ターゲット選定、ポジショニング確立による、採用活動の焦点明確化と効果的アプローチ
WORCS分析 (EVP構築)事業戦略、文化、報酬、機会、労働環境の5要素に基づくEVP(従業員価値提案)の体系的整理・構築
採用ファネル/候補者ジャーニープロセス設計候補者の認知から入社(+推奨)までの段階分けと体験可視化による、各段階での課題特定と施策最適化
5A理論プロセス設計認知→訴求→調査→行動→推奨の5段階での候補者意思決定プロセス理解と、各段階へのマーケティング施策検討
AIDMAモデルプロセス設計注意→興味→欲求→記憶→行動の心理プロセスに基づく候補者理解と、各段階でのコミュニケーション戦略策定
TMP設計プロセス設計ターゲット選定→メッセージ策定→プロセス設計という一連の流れでの、ターゲットに響く採用活動全体の設計
SMART目標設定計画・運用具体的、測定可能、達成可能、関連性のある、期限付きの目標設定による、KPI管理と進捗評価の精度向上
PDCAサイクル計画・運用計画→実行→評価→改善のサイクルによる、データに基づいた採用活動の継続的な質向上

表の活用について:

この表は、採用マーケティングに取り組む際に利用可能なツールキットとして機能します。自社が現在抱えている課題や、達成したい目的に応じて、適切なフレームワークを選択するためのガイドとなります。

ただし、これらのフレームワークは万能薬ではなく、あくまで思考を整理し、分析や議論を構造化するための「ツール」に過ぎません。フレームワークを適用すること自体が目的となってしまい、本来の目的(=採用目標の達成)を見失わないよう注意が必要です 。現実の採用市場や候補者の動向は常に変化し、複雑です。フレームワークの型に固執しすぎると、かえって実態を見誤るリスクもあります。したがって、フレームワークは思考の出発点や補助線として活用しつつも、常に候補者の視点 や現場で得られる生の情報を重視し、状況に合わせて柔軟に解釈・適用し、必要であれば修正していく姿勢が重要です 。  


採用マーケティング成功のポイントと留意点

採用マーケティングを成功に導くためには、いくつかの重要なポイントと留意点を理解しておく必要があります。

戦略的視点と計画性

採用マーケティングは、単なる流行りの手法や付け焼き刃の施策ではありません。その効果を最大限に引き出すためには、しっかりとした戦略設計が不可欠であり、ある程度の難易度を伴う取り組みであることをまず認識する必要があります 。場当たり的に個別の施策(例:SNSアカウントの開設、イベントの開催)を行うのではなく、自社の採用目標、ターゲットとする人材像(ペルソナ)、伝えるべき中核的なメッセージ(EVP)、最適な情報発信チャネル、そして活動の効果をどのように測定し評価するか、といった要素を事前に練り上げ、それらが相互に連動した一貫性のある戦略と計画を立てることが極めて重要です 。  

データ活用と継続的改善

勘や経験だけに頼るのではなく、客観的なデータに基づいて意思決定を行い、活動を改善していく姿勢が不可欠です。事前にKPI(重要業績評価指標)を設定し、採用活動を通じて得られる様々なデータを継続的に収集・管理・分析します 。そして、その分析結果に基づいて施策の効果を定期的に評価し、改善策を実行していくPDCAサイクルを回す文化を組織内に醸成することが重要です 。市場環境や候補者の動向は常に変化するため、一度立てた戦略や施策に固執せず、定期的なデータ分析に基づいた見直しや再評価を行うことが、持続的な成果に繋がります 。  

候補者中心主義の徹底

採用マーケティングの根幹は、常に候補者(求職者)の視点に立つことです 。企業側の都合や論理を優先するのではなく、「候補者は何を知りたがっているのか?」「どのような情報があれば、自社で働くことを具体的にイメージできるのか?」「選考プロセスにおいて、どのような体験をすればポジティブな印象を持つのか?」といった問いを常に自問し、その答えを戦略や施策に反映させていく必要があります 。フレームワークを活用する際も、分析や計画の効率化に役立つ一方で、そのプロセスにおいて最も重要なのは候補者の視点であるということを決して忘れてはなりません 。  

社内連携と巻き込み

採用マーケティングは、人事・採用担当部署だけで完結する活動ではありません。その成功のためには、経営層のコミットメントはもちろんのこと、現場の各部門の管理職や社員、広報・マーケティング部門、情報システム部門など、社内の様々な関係者を巻き込み、協力体制を築くことが不可欠です 。特に、現場の社員は、候補者に対して仕事のリアルな内容やチームの雰囲気を伝えたり、採用イベントに参加して候補者と交流したり、知人を紹介したり(リファラル)するなど、採用マーケティングにおいて重要な役割を担うことができます。全社的な取り組みとして推進する意識が成功の鍵となります。  

適切なスキルとリソース

効果的な採用マーケティングを実践するためには、専門的なスキルと十分なリソースが必要です。採用担当者自身が、マーケティングの基本的な考え方、データ分析のスキル、コンテンツ(記事、動画など)の企画・制作能力などを習得することが望ましいでしょう 。あるいは、専門的な知識や経験を持つマーケターを採用チームに迎え入れたり、外部の専門家の支援を活用したりすることも有効な選択肢です 。また、魅力的なコンテンツを作成するための費用、データ分析ツールや採用管理システム(ATS)の導入・運用コスト、イベント開催費用、そしてこれらの活動に継続的に取り組むための人員と時間といった、適切なリソース(予算、人員、時間)を確保することも重要です。  

メッセージとチャネルの最適化

自社の強みや特色、働くことの魅力を、ターゲットとする候補者層に響くような、具体的で魅力的なメッセージとして表現する工夫が求められます 。抽象的な言葉だけでなく、具体的なエピソードやデータ、社員の声などを盛り込むと効果的です。そして、そのメッセージを届けるための情報発信チャネルも、ターゲットとする候補者の属性(年齢、職種など)や、彼らが普段どのようなメディアで情報を収集しているかといった行動特性を考慮し、最適なものを選択し、組み合わせて活用する必要があります 。  

採用マーケティングを行う上での留意点

採用マーケティングは、その効果が表れるまでに一定の時間がかかる場合があります。特に、企業ブランディングの向上や潜在層からの応募獲得といった目的は、短期間で達成できるものではありません。そのため、短期的な応募数や採用数だけでなく、ウェブサイトへのアクセス数、SNSでのエンゲージメント率、候補者からのポジティブな反応、社員の紹介意欲の変化など、中間的な指標も注視しながら、中長期的な視点を持って粘り強く取り組むことが重要です 。また、前述の通り、フレームワークはあくまで思考を補助するためのツールであり、それを使うこと自体が目的化しないように注意が必要です 。常に現実の状況に合わせて柔軟に活用する姿勢が求められます 。  

これらの成功要因や留意点を踏まえると、採用マーケティングの成功は、単に新しいツールを導入したり、個別の施策を実行したりすること以上に、「組織文化の変革」を伴う場合が多いと言えます。データに基づいて客観的に意思決定を行う文化、部門間の壁を越えて協力し合う連携の文化、そして何よりも企業側の都合ではなく候補者の体験を最優先に考える候補者中心の文化、といったものが組織全体に浸透して初めて、採用マーケティングはその真価を発揮します。

まとめ:求める人材からの応募を増やす採用マーケティング

人材獲得が難しい現在、採用マーケティングの思考を取り入れることはとても効果的です。

応募者が認知から入社へ進む段階ごとに、どのような施策を行うのが良いのか、あるいは求職者目線、かつ自社ならではの独自性を持ったコンテンツを作成するためにはどうすれば良いのかを考えるには、マーケティングの思考法やフレームワークが役立ちます。

マーケティング理論については、初心者向けに分かりやすく解説したものなど、数多くの書籍があるので、それらを参考にすると良いでしょう。

採用マーケティングに関するアドバイスや戦略の構築などを行う採用コンサルティングサービスを手掛ける事業者へ協力を依頼するのも手段の一つです。

本コラムで取り上げている企業課題に関するご相談や、弊社サービスに関するご質問などがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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