
ひとり人事だからこそ注意したい、採用活動の落とし穴
企業の成長を支える上で、人材の獲得、すなわち「採用」は経営の根幹をなす重要な活動です。特に、組織がまだ小さい、あるいは急成長段階にある中小企業やスタートアップにおいては、「ひとり人事」と呼ばれる体制、つまり一人の担当者が人事関連業務のすべてを担うケースが少なくありません 。採用計画の策定から、日々の労務管理、従業員の育成、制度設計に至るまで、その職務範囲は広範にわたります 。
本稿では、このひとり人事体制に内在する特有の「採用リスク」に焦点を当て、その具体的な内容と潜在的な影響を深く掘り下げていきます。戦略立案の困難さ 、日々の業務過多とそれに伴うエラーのリスク 、採用の質の担保 、そして担当者自身の負担や孤立 といった多角的な視点から、ひとり人事が直面する現実とその課題を明らかにします。この解説を通じて、ひとり人事体制における採用活動の重要性と、そこに潜むリスクへの理解を深め、今後の対策を考えるための一助となることを目指します。
目次
「ひとり人事」とは?
「ひとり人事」とは、特に中小企業やスタートアップといった組織においてしばしば見られる体制であり、一人の担当者が企業の人事業務全般を一手に担っている状況を指します 。その職務範囲は非常に広く、新卒採用、中途採用、アルバイト採用といった採用活動全般はもちろんのこと、勤怠管理、給与計算、社会保険手続きなどの労務管理業務、さらには従業員の教育・研修プログラムの企画・実施、人事評価制度の設計・運用、福利厚生制度の整備・管理に至るまで、人事に関連するあらゆる業務が含まれることが一般的です 。
このような体制は、組織の規模が比較的小さい場合や、急成長の過程にあって専門的な人事部門の設置が経営資源や組織構造の観点からまだ追いついていない企業で多く見受けられます 。しかしながら、人事機能の重要性は企業の規模に関わらず普遍的なものであり、特に人材獲得競争が激化している現代においては、人事戦略やその実行能力が企業の持続的な成長に直接的な影響を与える重要な要素となっています。
採用活動におけるリスクの重要性
採用活動は、企業の将来を支える優秀な人材を確保するための最重要課題の一つでありながら、ひとり人事にとっては極めて大きな負担となり得る業務です 。現在の採用市場は、求職者側に有利な「売り手市場」の様相を呈しており、十分な準備や戦略的な計画なしに採用活動で成果を上げることは非常に困難な状況にあると言えます 。
このような厳しい環境下で、ひとり人事が採用活動を効果的に遂行できない場合、その影響は単に人員補充が遅れるという問題に留まりません。採用活動の停滞は、慢性的な人員不足を引き起こし、結果として既存従業員の業務負荷を増大させ、提供するサービスや製品の品質低下を招き、ひいては企業全体の業績悪化といった深刻な事態に繋がる可能性も十分に考えられます 。
1.採用戦略・計画におけるリスク

戦略不在・立案困難
現代の競争が激しい採用市場において成功を収めるためには、その場しのぎの対応ではなく、戦略的な視点に基づいた計画的な採用活動が不可欠です 。しかしながら、ひとり人事は、日々の多岐にわたる業務、例えば給与計算、労務管理、従業員からの問い合わせ対応といった定常業務に追われるあまり、中長期的な視点に立った採用戦略や具体的な実行計画を策定するための時間を十分に確保することが極めて困難な状況に置かれていることが多いのです 。緊急度は低いかもしれませんが、企業の将来にとって重要度の高い戦略的思考や計画立案といった業務にまで、なかなか手が回らないのが実情です。
特に、設立間もないスタートアップやベンチャー企業のように、企業のブランド認知度がまだ低く、採用活動に投入できるリソースも限られている場合には、優秀な人材を獲得するために、企業のビジョンや創業に至るストーリーを深く理解し、経営陣と一体となって熱意を持って採用戦略を練り上げる必要があります 。しかし、これを人事担当者一人がすべて担うことには大きな困難が伴います。経営層と緊密に連携を図りながら戦略を策定し、それを実行に移していくという重要な役割を一人で担うことの限界も指摘されています 。
場当たり的・非効率な採用活動
明確な採用戦略が存在しない、あるいは十分に機能していない結果として、採用活動はしばしば場当たり的で非効率なものになりがちです 。例えば、過去の慣例をただ踏襲するだけであったり、経営層からの突発的な採用要請に対してその都度、場当たり的に対応したりするなど、計画性に欠けた動きに終始してしまう傾向が見られます 。
さらに深刻なのは、どの採用手法が実際に効果的であったのか、どのような課題が存在するのかといった採用活動の効果測定や、関連するデータの収集・分析にまで手が回らないケースが多いことです 。これにより、採用活動の成果を客観的に評価し、改善に向けた具体的なアクションプランを立てることが難しくなります 。結果として、同じような課題が繰り返し発生し、非効率な状態からなかなか抜け出せないという悪循環に陥りやすいのです。
重要なのは、この戦略の欠如が単なる計画上の問題に留まらないという点です。戦略がないために発生する場当たり的な採用活動は、結果的にさらなる非効率な業務を生み出し、ひとり人事の限られたリソースを一層圧迫することになります。例えば、急な要請に基づいて採用活動を開始する場合、十分な要件定義が行われないまま進められることが多く、最適な採用チャネルの選定や候補者に対する企業の魅力づけが不十分となり、結果的に入社後のミスマッチが発生し、再度採用活動をやり直すといった事態も起こり得ます。これは、計画に基づいた効率的な採用活動と比較して、はるかに多くの時間と労力を浪費させることになります 。
加えて、戦略的な計画に時間を割けないことは、企業にとって重要な機会損失にも繋がります。計画的な採用活動には、将来の事業展開を見越したタレントパイプラインの構築、企業の魅力を継続的に発信し、候補者にとって魅力的な雇用主としてのイメージを確立するエンプロイヤーブランディング活動、あるいは費用対効果の高いソーシングチャネル(候補者発見経路)の最適化といった、中長期的な視点での取り組みが含まれます。しかし、ひとり人事体制では、こうした将来を見据えたプロアクティブな活動にまで手が回らず、常に目の前の欠員補充に追われる受動的な採用活動に終始しがちです 。これは、競合他社が戦略的な採用活動を展開している場合、長期的に見て採用コストの増大や、獲得できる人材の質の低下を招く可能性があります。
2.採用実務におけるリスク

業務過多と対応遅延
ひとり人事が担う業務範囲は、採用計画の立案から始まり、求人媒体の選定・出稿、応募者のスクリーニング(書類選考)、面接の日程調整と実施、内定者へのフォローアップ、そして入社手続きといった採用に関連する一連の業務に加え、給与計算、労務管理、社会保険手続き、従業員研修の企画・運営、人事評価制度の運用など、人事領域全般に及びます 。これらの膨大かつ多岐にわたる業務を文字通り一人で処理するため、慢性的な業務過多に陥りやすいという構造的な問題を抱えています。
特に、新卒採用や中途採用が本格化する時期には、通常の定常業務に加えて、多数の応募者への対応(問い合わせへの返信、合否連絡など)や、複数の候補者および社内面接官との面接日程の調整などが集中的に発生し、業務負荷は急激に増大します 。その結果、候補者への連絡が遅れてしまったり 、面接日程の調整に想定以上の時間がかかってしまったり 、あるいは、大量の応募書類を期日までに処理しきれなくなったり といった事態が発生しやすくなります。このような業務上の遅延は、採用活動全体の効率を著しく低下させ 、スピード感が重視される現代の採用市場において、適切な人材をタイムリーに確保することを困難にしてしまいます 。
人的エラーの発生可能性
採用活動には、履歴書や職務経歴書といった応募書類の詳細な確認、応募者との頻繁なコミュニケーション(メール、電話など)、複数回にわたる面接の実施、そして最終的な合否判断など、多くのプロセスと細かなタスクが含まれています 。これらすべてを一人で担当する場合、処理すべき業務量が多くなればなるほど、また、時間に追われれば追われるほど、人的なミス、すなわちヒューマンエラーが発生するリスクが高まります 。
具体的には、応募書類に記載されている重要な情報(例えば、必須資格の有無や特定の経験年数など)を見落としてしまう、候補者への連絡内容(面接日時、場所、持ち物など)を誤ってしまう、あるいは連絡自体を失念してしまう、面接日程を誤ってダブルブッキングしてしまう、候補者の評価において個人的な偏り(ハロー効果や類似性バイアスなど)が生じてしまう、といったエラーが起こりやすくなります 。通常、複数人で業務を行っていれば、ダブルチェックや相互レビューといったプロセスを通じて、こうした人的エラーを未然に防ぐ機会がありますが、ひとり人事体制では、その機会が構造的に欠如していると言えます 。軽微なミスであればリカバリー可能かもしれませんが、場合によっては、企業の信用を失墜させるような重大な損失に繋がる可能性も否定できません 。
候補者体験の低下と企業イメージ悪化
採用実務における業務過多、対応の遅延、そして人的エラーは、候補者が企業の採用プロセスを通じて得る体験、すなわち「候補者体験」の質を低下させることに直結します 。例えば、採用広報活動に十分な時間を割けないために、企業の魅力や働く環境、文化などが候補者に十分に伝わらず、候補者が応募をためらったり、選考に進むことに不安を感じたりする可能性があります 。また、応募した後の企業からの連絡が遅い、選考結果の通知がなかなか来ない、あるいは面接官の態度が高圧的であったり、準備不足が見受けられたりするなど、採用プロセスにおける不手際は、候補者に「自分は大切にされていない」「この企業は候補者への配慮が足りない」といったネガティブな印象を与えかねません 。
このようなネガティブな候補者体験は、単に応募辞退や内定辞退といった直接的な機会損失を招くだけでなく、企業の評判そのものを毀損するリスクを孕んでいます 。特に現代では、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や企業の口コミサイトなどを通じて、個人の体験談が容易に、かつ広範囲に拡散されるため、一度悪い評判が立ってしまうと、それが瞬く間に広がり、将来的な人材獲得活動にも長期的な悪影響を及ぼす可能性があります 。
3.採用の質と専門性におけるリスク

採用の質の低下・ミスマッチ
採用候補者の評価を一人で行う場合、どうしても評価者の視点が単一的になり、視野が狭くなる傾向があります 。複数人で評価に関わることで、異なるバックグラウンドや経験を持つ評価者からの多角的な視点が得られたり、評価者間で意見を戦わせることによって評価の客観性や妥当性を高めたりすることが期待できますが、ひとり人事ではそれが構造的に困難です。その結果、候補者が持つ企業文化との適合性(カルチャーフィット)や、担当する職務を遂行するために必要な能力・経験の見極めが不十分となり、入社後に「期待していた能力を発揮できない」「社風に馴染めない」といったミスマッチが発生するリスクが高まります 。
また、面接における質問の仕方、候補者の回答の深掘り方、評価基準の適用といった面接スキルや評価スキルは、担当者個人の能力や経験に大きく依存するため、採用される人材の質が安定しない可能性も指摘されています 。特に、人事担当者と、実際に候補者を受け入れる現場のマネジメント層との間で、求める人物像に対する認識に齟齬がある場合、ひとり人事がそのギャップを埋めるための十分なコミュニケーションや調整を行えないと、現場が本当に必要としている人材とは異なる人材を採用してしまう結果に繋がりかねません 。
専門知識・ノウハウの不足と属人化
人事という職務領域は非常に幅広く、労働基準法をはじめとする各種労働法規、健康保険・厚生年金などの社会保険制度、効果的な採用手法やチャネルの知識、人材育成論、組織開発論など、多岐にわたる専門知識が求められます 。ひとり人事が、これらすべての領域において深い専門性を維持し、さらに向上させていくことは容易ではありません。特に、採用市場のトレンド、新しい採用手法(ダイレクトリクルーティング、リファラル採用など)、効果的な採用チャネルの動向、関連法規の改正、新しい採用テクノロジー(ATSなど)は常に変化しており、最新の知識を継続的にキャッチアップし続ける必要がありますが、日々の業務に追われる中で、そのための学習時間を確保することが難しいのが実情です 。
さらに、多くの場合、社内に人事の同僚や人事分野に精通した上司が存在しないため 、日々の業務の中で疑問点や課題に直面した際に、気軽に相談したり、アドバイスを求めたりできる相手がいません 。直属の上司が人事領域に詳しくない経営層や役員である場合、専門的な指導や育成を受ける機会も限られてしまいます 。
このような状況は、「属人化」のリスク、すなわち業務の進め方やノウハウが特定の担当者個人に依存してしまうリスクを高めます 。採用プロセスの詳細な手順、評価基準の具体的な運用方法、候補者との効果的なコミュニケーション方法、利用しているツールやシステムの操作に関するノウハウなどが、すべて担当者個人の経験や知識の中に留まってしまい、組織としての知見が蓄積されにくいのです 。これは、担当者が異動や退職した場合に、それまで培ってきた採用ノウハウが一気に失われ、採用活動が著しく停滞してしまうリスクを意味します。また、担当者自身のスキルアップが思うように進まない可能性も高まります 。
多角的な評価の困難性
前述の通り、評価者が一人であることは、候補者を多角的に評価することを本質的に困難にします 。単一の視点では、候補者の持つ多様な側面(例えば、顕在的なスキルだけでなく、潜在的な学習能力やストレス耐性など)や、将来的なポテンシャルを見落としてしまったり、逆に特定の側面(例えば、学歴や前職の企業名など)を過大評価してしまったりする可能性があります。構造化面接(あらかじめ評価項目と質問を決めておき、全候補者に同じ質問をする面接手法)、適性検査(性格や能力を測定するテスト)、ワークサンプルテスト(実際の業務に近い課題を与えて遂行能力を見るテスト)、リファレンスチェック(前職の上司や同僚に候補者の働きぶりについて問い合わせる手法)など、より客観的で信頼性の高い評価手法を設計・導入・運用するには、一定の専門知識や経験が必要となりますが、ひとり人事体制ではそのためのリソース(時間、知識、サポート体制)が不足しがちです。
ここで考慮すべきは、採用の「質」と「スピード」の間でトレードオフが生じやすいという点です。現場部門からの「できるだけ早く欠員を補充してほしい」という要求や、経営層からの採用目標達成へのプレッシャー は、ひとり人事に迅速な採用決定を迫ることがあります。しかし、限られた時間とリソース の中で、かつ多角的な評価が難しい 状況下では、候補者の評価プロセスを簡略化せざるを得なかったり、十分な検討時間を確保できなかったりする可能性があります。結果として、候補者が抱える潜在的なリスク(例えば、早期離職の可能性や協調性の欠如など)を見抜けなかったり、スキルやカルチャーフィットの検証が不十分なまま採用に至ったりするなど、採用の質を犠牲にしてスピードを優先せざるを得ない状況に追い込まれるリスクが高まります 。
加えて、専門知識の不足 と内部でのチェック機能の欠如 は、コンプライアンス上のリスクを高める要因ともなり得ます。採用活動においては、性別や年齢などによる差別の禁止、応募者の個人情報の適切な取り扱い、公正な選考プロセスの実施など、遵守すべき法的要件が数多く存在します。業務負荷が高く、専門的な知見やレビュー体制が不足している状況では、意図せずこれらの法的要件を見落としてしまったり、不適切な対応(例えば、面接で不適切な質問をしてしまうなど)をとってしまったりするリスクが増大します。これは、後々、法的な問題に発展したり、企業の評判を大きく損ねたりする可能性に繋がります。
4.組織・担当者個人におけるリスク

関係者連携の不足
効果的な採用活動を実現するためには、社内外の様々な関係者との緊密な連携が不可欠です。しかし、ひとり人事は時間的な余裕がないため、これらの連携が不十分になりがちです 。社内においては、採用ポジションを募集している部門のマネージャーや経営層との間で、求める人物像の具体的な要件、必要なスキルセット、提示する待遇条件などについて、十分なすり合わせが行われず、認識のずれが生じる可能性があります 。また、面接日程の調整に手間取ったり、選考結果のフィードバックが遅れたりするなど、部門間の連携不足が採用プロセス全体の遅延を招くこともあります 。こうした連携不足は、最終的に採用ミスマッチ、すなわち期待と異なる人材を採用してしまう一因となり得ます 。
社外の関係者、例えば人材紹介会社(エージェント)や求人広告媒体の担当者との連携においても、情報共有が不足すると、自社のニーズや企業文化に合致しない候補者を紹介されたり、出稿した求人広告から期待した効果(応募数や質)が得られなかったりする可能性があります 。さらに、連携がスムーズでない、あるいは対応が遅いといった状況が続くと、外部のサービス提供企業から「対応が悪い企業」「協力しにくい企業」と見なされ、結果的に協力関係の優先度を下げられてしまう、といったリスクすら考えられます 。
担当者の心身への負担増大
広範な業務範囲と、絶え間なく発生する業務量により、ひとり人事担当者にかかる精神的・物理的な負担は極めて大きいものとなります 。特に、採用活動が計画通りに進まない状況下で、周囲(経営層や他部門の従業員)から「採用が遅いのではないか」「なぜもっと優秀な人材を採用できないのか」といったプレッシャーや、時には非難とも受け取れる言葉をかけられると、担当者は精神的に追い詰められやすくなります 。その負担の大きさや、体制上避けられない構造的な困難さが周囲に理解されない場合、担当者が感じる孤立感は一層深まることになります。
また、「社内でこの人事業務をできるのは自分一人だけだ」という状況は、「自分が休むと業務が完全に止まってしまう」という責任感を生み、体調不良を感じていても無理をして出勤したり、休暇を取得することにためらいを感じたりする意識を生みがちです 。このような過重な負担とプレッシャーが継続すると、担当者のモチベーション低下や燃え尽き(バーンアウト)を引き起こし、業務パフォーマンスの低下、長期的な休職、そして最悪の場合、離職に繋がるリスクを高めます 。
相談相手の不在と孤立
人事部門は、従業員の給与情報、評価情報、健康情報といった機密性の高い個人情報や、経営戦略に関わる情報などを日常的に取り扱うため、業務上の悩みや課題を他部署の社員に気軽に相談することは、その性質上、本質的に困難です 。ひとり人事の場合、この問題はさらに深刻化します。例えば、法的な判断が求められるような労務問題への対応に迷う場面、新しい人事制度(評価制度や報酬制度など)を設計・導入する際、あるいは予期せぬ労務トラブルが発生した場合などに、相談できる同僚や、専門知識を持った上司が社内にいないのです 。
「この判断で本当に正しいのだろうか」「自分の考え方は偏っていないだろうか」といった不安を常に抱えながら、日々の業務を進めなければならないことも少なくありません 。また、自身のキャリアパスに関する悩みについても、人事分野の経験がない上司には相談しにくく、社内に打ち明けられる相手がいないため、孤独感や将来への不安感を募らせてしまうケースも見られます 。このような孤立した状況は、担当者の精神的な健康を損なうだけでなく、客観的な視点を欠いた意思決定を行ってしまったり、問題の発見や解決が遅れたりする可能性も高めます。
緊急時の対応困難性
ひとり人事体制における最大級のリスクの一つが、担当者が急な病気、事故、あるいは家族の事情など、予期せぬ理由で突然、業務を遂行できなくなった場合の対応です 。多くの場合、その担当者の業務内容を把握し、代替できる人材が社内に存在しないため、採用活動はもちろんのこと、給与計算や社会保険手続きといった、遅延が許されない他の重要な人事業務も完全に停止してしまう可能性があります 。
これは、単なる業務の遅延というレベルの問題ではなく、企業の事業継続性に対する重大なリスクを意味します。特に、その担当者一人に人事機能の多くを依存している中小企業やスタートアップにとっては、致命的な影響を及ぼしかねません。採用活動の停止は、事業成長の機会損失に直結しますし 、給与支払いの遅延などは従業員の生活に直接影響し、信頼関係を大きく損なう可能性があります。この「単一故障点」、つまり一箇所が故障するとシステム全体が停止してしまうという脆弱性は、ひとり人事モデルが本質的に抱える構造的なリスクであり、組織全体でその危険性を認識しておく必要があります。
さらに、前述したような高い心身への負担や孤立感 は、ひとり人事担当者の離職率を高める要因となり得ます。担当者の離職は、単に後任者を採用するためのコスト(求人広告費、紹介手数料など)が発生するだけでなく、目に見えにくい、しかし極めて大きな隠れたコストを伴います。業務の属人化が進んでいる場合 、その担当者と共に、企業固有の知識やノウハウ、関係部署との連携方法などが失われ、バックアップ体制がないために 業務が深刻な混乱に陥ります。新しい担当者が採用できたとしても、その人が業務内容を理解し、社内関係を構築し、本来のパフォーマンスを発揮できるようになるまでには、相当な時間と周囲のサポートが必要です。この離職に伴う一連のコスト(直接的な採用コスト、業務中断による損失コスト、知識・ノウハウの喪失コスト、新担当者の立ち上がり期間に伴う機会損失コストなど)は、ひとり人事という体制自体の持続可能性に関わる、非常に重要なリスク要因と言えるでしょう。
対策とまとめ
ひとり人事が抱える採用リスクは、単なる人事部門内部のオペレーション上の課題に留まるものではなく、企業の経営全体に直接的な影響を及ぼす可能性のある、重大なビジネスリスクであると認識する必要があると言えます。
効果的な人材採用が計画通りに実現できないことは、企業の成長戦略の実行を阻害し、製品開発やサービス提供の品質維持・向上を困難にし、結果として既存従業員の負担増による生産性の低下や、さらなる離職を招く可能性があります 。また、非効率な採用プロセスや、ミスマッチによる早期離職率の高さは、無駄な採用コストや再教育コストを発生させ、企業の収益性を圧迫する要因となります。さらに、候補者体験の悪化は企業の評判を損ない、中長期的には市場における競争力にも悪影響を与えかねません 。
これらのリスクを経営層も含めて組織全体で正しく認識することは、企業が現状のひとり人事体制を見直し、適切な対策を講じるための重要な第一歩となります。具体的な対策としては、経営層とのより緊密な連携体制の構築 、採用に関わる他部署との協力体制の強化 、採用管理システム(ATS)などのテクノロジー活用による業務効率化 、採用代行(RPO)サービスや外部コンサルタントといった外部リソースの戦略的な活用 、あるいは組織の成長段階に応じて二人目以降の人事担当者の採用を検討する など、組織の状況やリソースに応じた様々な選択肢が考えられます。最も重要なのは、ひとり人事が抱える構造的な困難さを組織全体で理解し、これらのリスクに対して場当たり的ではなく、積極的に、そして計画的に対処していくという姿勢です。
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