
リモートワークを戻すか戻さないか:企業の選択と成功への道筋

新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界中の企業が一夜にして働き方の変革を迫られました。日本においても、2020年春の緊急事態宣言を機に、多くの企業がテレワークやリモートワークを導入し、従来のオフィス中心の働き方から大きく舵を切ることとなりました。しかし、コロナ禍が収束に向かう中で、企業の働き方に対する考え方は再び変化の時を迎えています。
2023年5月に新型コロナウイルス感染症が「5類感染症」に移行されて以降、多くの企業が働き方の見直しを行っています。一部の企業はコロナ禍以前の完全出社体制への回帰を選択し、別の企業はハイブリッドワークという新しい働き方を模索し、さらに別の企業は完全リモートワークを継続するという、三つの異なる道を歩んでいます。
本記事では、このような企業の多様な選択の背景にある要因を分析し、リモートワークを成功させるための具体的な方法論について、学術的な研究成果を踏まえながら詳細に検討していきます。特に、草野加奈氏と矢本成恒氏による「多様な人財活用を意識したリモートワークの有効性の考察」という研究論文の知見を活用し、トランスフォーメーショナルリーダーシップとシェアードリーダーシップの観点から、リモートワーク環境における効果的なマネジメント手法について考察します。
現在、企業の人事担当者や経営陣は、自社にとって最適な働き方を模索する重要な局面に立たされています。本記事が、そうした意思決定の一助となることを願っています。
目次
- リモートワークが発展したが原点回帰している企業が増えている
- 原点回帰が増えている理由
- 企業の動向を紹介
- リモートワークを成功させるコツ
- すごい人事コンサルティングの活用
- まとめ:自社に合った勤務形態を選択しよう

リモートワークが発展したが原点回帰している企業が増えている
リモートワークの急速な普及とその背景
新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本の働き方に劇的な変化をもたらしました。2020年春の緊急事態宣言発令時には、感染拡大防止の観点から、多くの企業が急遽テレワークやリモートワークの導入を余儀なくされました。総務省の調査によると、この時期にテレワーク実施率は急激に上昇し、一時期は全国平均で50%を超える水準に達しました。
しかし、この急速な変化は必ずしも計画的なものではありませんでした。多くの企業にとって、リモートワークは緊急避難的な措置であり、十分な準備期間や検討時間がないまま導入されたのが実情でした。そのため、リモートワーク環境における業務プロセスの最適化や、従業員のマネジメント手法の確立、必要なITインフラの整備などが後手に回るケースが多く見られました。
出社回帰の現状と統計データ

2023年5月の新型コロナウイルス感染症の「5類感染症」への移行を契機として、企業の働き方に対する考え方は大きく変化しました。総務省の「テレワークの普及状況及び普及・定着に向けた取組方針」によると、テレワーク実施率は2020年以来初めて全国平均で50%を下回ったことが明らかになっています。

2023年夏に実施された複数の調査結果は、出社回帰の傾向を明確に示しています。エン・ジャパンによる「アフターコロナの働き方調査」では、フル出社(毎日出社)の割合が53%に達しました。
出社回帰を選択した代表的企業の事例
出社回帰の動きは、特に大手企業において顕著に見られます。最も注目を集めたのは、世界最大手のIT企業であるアマゾンの決断です。同社は2024年9月、週5日の完全出社方針を打ち出しました。これまで週3日出社だった同社が、コロナ禍以前の勤務形態に完全回帰する決断を下したことは、IT業界全体に大きな衝撃を与えました。
IT業界では一般的に、優秀な人材獲得のためにテレワークを推奨する動きが見られる中で、アマゾンの決断は業界トレンドと異なる方向性を示すものでした。同社の経営陣は、対面でのコラボレーションやイノベーション創出の重要性を強調し、完全出社への回帰を正当化しています。
日本企業においても、同様の動きが見られます。LINEヤフーは2024年12月にフルリモート勤務を廃止すると発表し、2025年4月からカンパニー部門の従業員に原則週1回の出社を求める方針を明らかにしました。また、アクセンチュアも2025年6月1日から全社員を週5日フル出社にすることを決定し、コンサルティング業界に大きな影響を与えています。
その他の出社回帰を表明している企業には、GMOインターネットグループ(原則出社・在宅勤務も可能)、レゾナック・ホールディングス(出社推奨)、サントリーHD(出社推奨)などがあります。これらの企業は、それぞれ異なる理由と戦略に基づいて出社回帰を選択していますが、共通しているのは、リモートワークの限界を認識し、対面でのコミュニケーションや協働の価値を再評価している点です。
出社回帰の背景にある社会的要因
出社回帰の動きは、単に企業の個別判断によるものではなく、より広範な社会的要因が影響しています。まず、経済活動の正常化に伴い、顧客との対面での商談や会議の機会が増加していることが挙げられます。特に、BtoB企業においては、重要な商談や契約締結の場面で対面でのコミュニケーションが求められるケースが多く、従業員の出社頻度を高める必要性が生じています。
また、新入社員の教育や研修の観点からも、出社回帰を選択する企業が増えています。リモートワーク環境では、新入社員が企業文化を理解し、先輩社員から実践的なスキルを学ぶ機会が限定されがちです。特に、暗黙知の伝承や、偶発的な学習機会の創出という点で、対面でのコミュニケーションの重要性が再認識されています。

さらに、管理職層からの要望も出社回帰を後押ししています。エン・ジャパンの調査によると、40代以上の管理職層では、出社が増えたことを60%が好意的に評価しており、世代が上がるほどその傾向が顕著になっています。これは、従来のマネジメントスタイルに慣れ親しんだ管理職層が、リモートワーク環境でのマネジメントに困難を感じていることを示唆しています。

原点回帰が増えている理由
コミュニケーション不足の解消への期待

出社回帰を選択する企業の最も大きな理由の一つは、リモートワーク環境で顕在化したコミュニケーション不足の解消です。エン・ジャパンの調査によると、出社が増えた従業員の45%が「雑談など、コミュニケーション不足が解消された」と感じており、対面でのコミュニケーションの復活が最も大きな恩恵をもたらしていることが明らかになっています。
リモートワーク環境では、業務に直接関連する情報交換は比較的スムーズに行えるものの、いわゆる「雑談」や「偶発的な会話」の機会が大幅に減少します。しかし、こうした非公式なコミュニケーションは、チームの結束力向上や、新しいアイデアの創出、問題の早期発見などにおいて重要な役割を果たしています。
業務効率とパフォーマンスの向上
出社回帰を推進する企業の多くは、業務効率とパフォーマンスの向上を期待しています。特に、製造業やクリエイティブ業界では、対面での共同作業や迅速なフィードバックの重要性が高く、リモートワーク環境では十分なパフォーマンスを発揮することが困難な場合があります。
また、リモートワーク環境では、労務管理や業務管理の複雑さが増すという問題もあります。従業員の勤務状況の把握、業務の進捗管理、品質管理などにおいて、従来のオフィスワーク環境と比較して追加的な工数が必要となるケースが多く見られます。特に、リモートワークに対応した管理システムが整備されていない企業では、本来の業務以外に時間を取られてしまうという問題が発生しています。
イノベーション創出の促進
多くの企業が出社回帰を選択する理由として、イノベーション創出の促進が挙げられます。オフィス空間は、複数人で自由にアイデアを出し合い、新しい発想やアイデアを生み出す「ブレインストーミング」に適した環境を提供します。
リモートワーク環境でも、オンライン会議ツールを活用したブレインストーミングは可能ですが、対面での議論と比較すると、参加者の反応を即座に読み取ることが困難であり、議論の流れを自然に発展させることが難しいという課題があります。特に、創造的な思考を要する業務や、複雑な問題解決を行う場面では、対面でのコミュニケーションの優位性が顕著に現れます。
また、オフィス環境では、異なる部署や職種の従業員が偶発的に出会い、予期しない協働やアイデアの交換が生まれる可能性があります。こうした「セレンディピティ」的な出会いは、イノベーション創出の重要な源泉となることが多く、リモートワーク環境では再現することが困難です。
組織文化の維持と継承
企業が出社回帰を選択する重要な理由の一つは、組織文化の維持と継承です。組織文化は、企業の価値観、行動規範、意思決定プロセスなどを包含する無形の資産であり、企業の競争力の源泉となる重要な要素です。
リモートワーク環境では、新入社員や中途採用者が組織文化を理解し、内在化する機会が限定されがちです。組織文化の多くは、日常的な業務の中での先輩社員との交流や、非公式な場での会話を通じて伝承されるものであり、こうした機会の減少は組織文化の希薄化につながる可能性があります。
特に、日本企業においては、「阿吽の呼吸」や「空気を読む」といった、言語化されにくい暗黙知が重要な役割を果たしています。こうした暗黙知は、対面でのコミュニケーションを通じて徐々に習得されるものであり、リモートワーク環境では伝承が困難になる傾向があります。
世代間ギャップと価値観の違い
出社回帰の背景には、働き方に対する世代間の価値観の違いも影響しています。エン・ジャパンの調査によると、毎日出社への希望は40代以上で26%を占める一方、20代では14%、30代でも16%にとどまっています。この数字は、フル出社することが当然だった世代と、若い世代との価値観の違いを如実に物語っています。
40代以上の管理職層の多くは、自身のキャリア形成期において対面でのコミュニケーションを重視した働き方を経験しており、その有効性を実感しています。一方、若い世代は、デジタルネイティブとしてオンラインでのコミュニケーションに慣れ親しんでおり、リモートワークに対する抵抗感が少ない傾向があります。
この世代間ギャップは、企業の働き方に関する意思決定において重要な要因となっています。経営陣や管理職層が出社回帰を推進する一方で、若手従業員からは反発の声が上がるケースも多く見られます。企業は、こうした世代間の価値観の違いを考慮しながら、最適な働き方を模索する必要があります。
顧客対応とビジネス機会の確保
BtoB企業を中心に、顧客対応の質向上とビジネス機会の確保を目的として出社回帰を選択する企業が増えています。重要な商談や契約締結の場面では、依然として対面でのコミュニケーションが重視される傾向があり、営業担当者の出社頻度を高める必要性が生じています。
また、顧客企業が出社回帰を進めている場合、サプライヤー企業も同様の対応を求められるケースがあります。このような外部環境の変化に対応するため、企業は自社の働き方を調整する必要があります。
さらに、国際的なビジネスにおいては、時差の問題もあり、リモートワークでは対応が困難な場面が多く存在します。グローバル企業では、異なる地域の顧客やパートナーとの連携を円滑に行うため、オフィスでの勤務を重視する傾向があります。

企業の動向を紹介
現在の企業の働き方は、大きく三つのカテゴリーに分類することができます。完全な出社回帰を選択する企業、リモートワークとオフィスワークを組み合わせるハイブリッドワークを導入する企業、そして完全リモートワークを継続する企業です。それぞれの選択には明確な戦略的意図があり、企業の業種、規模、文化、そして将来のビジョンが反映されています。
原点回帰:完全出社への回帰を選択した企業
アマゾン:IT業界の潮流に逆行する決断
世界最大手のIT企業であるアマゾンが2024年9月に発表した週5日完全出社方針は、業界全体に大きな衝撃を与えました。同社は2021年以降、週3日の出社を基本としていましたが、この決定により、コロナ禍以前の勤務形態に完全回帰することとなりました。
アマゾンのCEOであるアンディ・ジャシー氏は、この決定の理由として、「対面でのコラボレーションがイノベーション創出に不可欠である」「企業文化の維持と強化が重要である」「顧客サービスの質向上が必要である」という三点を挙げています。特に、同社が重視する「カスタマーオブセッション(顧客第一主義)」の実践において、対面でのチームワークが重要な役割を果たすと判断されました。
この決定は、IT業界において一般的となっているリモートワーク推進の流れに逆行するものであり、優秀な人材の獲得競争において不利になる可能性も指摘されています。しかし、アマゾンは長期的な競争力の維持を優先し、短期的なリスクを受け入れる決断を下しました。
LINEヤフー:段階的な出社回帰戦略
日本のIT企業であるLINEヤフーは、2024年12月にフルリモート勤務を廃止し、2025年4月からカンパニー部門の従業員に原則週1回の出社を求める方針を発表しました。同社は、段階的なアプローチを採用し、急激な変化による従業員への負担を最小限に抑えながら、出社回帰を進めています。
LINEヤフーの経営陣は、この決定の背景として、「チーム間の連携強化」「新サービス開発における創造性の向上」「企業文化の再構築」を挙げています。特に、同社が展開する多様なデジタルサービスの開発において、部門を超えた協働の重要性が再認識されました。
アクセンチュア:コンサルティング業界への影響
グローバルコンサルティング企業のアクセンチュアは、2025年6月1日から全社員を週5日フル出社にすることを決定しました。この決定は、コンサルティング業界全体に大きな影響を与えており、他の大手コンサルティング企業も同様の方針を検討していると報告されています。
コンサルティング業界では、クライアントとの密接な関係構築が事業成功の鍵となります。アクセンチュアは、リモートワーク環境では、クライアントとの信頼関係の構築や、複雑な問題解決プロセスにおける協働が困難であると判断しました。また、若手コンサルタントの育成においても、対面でのメンタリングや実践的な学習機会の重要性が強調されています。
ハイブリッドワーク:柔軟性と効率性の両立を目指す企業
メルカリ:従業員の自律性を重視したハイブリッド型
日本のフリマアプリ大手であるメルカリは、ハイブリッド型の勤務形態を採用し、従業員が業務の性質や個人の状況に応じて働く場所を選択できる制度を導入しています。同社は、「従業員の自律性の尊重」と「業務効率の最大化」を両立させることを目指しています。
メルカリのハイブリッドワーク制度では、週に2-3日の出社を基本としながらも、プロジェクトの性質や個人の事情に応じて柔軟に調整することが可能です。また、重要な会議やブレインストーミングセッションは対面で行い、集中を要する個人作業はリモートで行うという使い分けを推奨しています。
GMOインターネットグループ:原則出社と在宅勤務の併用
GMOインターネットグループは、原則出社を基本としながらも、在宅勤務も可能な柔軟な体制を採用しています。同社は、IT企業としての特性を活かしながら、チームワークとコミュニケーションの重要性も重視したバランスの取れたアプローチを採用しています。
同社の制度では、新入社員や新しいプロジェクトに参加するメンバーは原則として出社を求められますが、経験豊富な従業員や独立性の高い業務に従事する従業員は、在宅勤務を選択することが可能です。この段階的なアプローチにより、従業員の成長段階や業務の性質に応じた最適な働き方を実現しています。
富士通クライアントコンピューティング(FCCL):技術革新とワークライフバランスの調和
富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、ハイブリッド型の勤務形態を通じて、技術革新とワークライフバランスの調和を目指しています。同社は、製造業としての特性を考慮しながら、デジタル技術を活用した新しい働き方を模索しています。
FCCLのハイブリッドワーク制度では、研究開発部門は週3日の出社を基本とし、営業部門は顧客対応の必要性に応じて出社頻度を調整しています。また、製造部門では安全性と品質管理の観点から出社を基本としながらも、設計や企画業務においてはリモートワークを活用しています。
完全リモートワーク:デジタル時代の新しい働き方を追求する企業
SmartHR:アップデート前提の次世代フルリモート
クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を展開する株式会社SmartHRは、2024年末に働き方制度を刷新し、全国フルリモート&コアタイムなしフルフレックスを継続することを決定しました。同社は、「アップデート前提」の制度運用を特徴とし、約2年ごとに全社員アンケートを基に制度の全面見直しを行っています。
SmartHRの制度で特筆すべきは、「フルリモート通勤制度」の導入です。この制度では、遠方在住者でも月2回まで交通・宿泊費を会社が負担し、対面でのコミュニケーション機会を確保しています。これにより、完全リモートワークの利点を活かしながら、対面でのコラボレーションの機会も維持しています。
同社の経営陣は、フルリモートワークの継続により、「全国から優秀な人材を獲得できる」「従業員の定着率が向上する」「オフィス関連コストを削減できる」という三つの戦略的メリットを実現していると報告しています[。
弥生:標準の働き方としてのリモートワーク
会計ソフト・クラウド会計「弥生シリーズ」を展開する弥生株式会社は、開発本部においてリモートワークを「標準の働き方」と位置づけています。同社では、ほとんどのエンジニアが自宅から毎日オンラインで業務に取り組んでおり、遠隔前提のコミュニケーションやツール類が十分に整備されています。
弥生の制度で注目すべきは、出社時の交通費を会社が全額負担する点です。これにより、従業員は必要なときに気兼ねなく出社できる環境が整備されており、リモートワークを前提としながらも出社を完全には閉ざさない柔軟性を実現しています。
同社は、この働き方により、「地方在住の優秀なエンジニアの採用が可能になった」「従業員の満足度が向上した」「開発効率が改善した」という成果を報告しています。
さくらインターネット:リモート前提の業務フロー再構築
クラウドコンピューティングサービスやIoTサービスを展開するさくらインターネットは、”リモート前提の働き方”を公式に掲げ、業務フローそのものを出社不要型に再構築しています。同社では、社員は日本全国どこに住んでいてもフルリモートで活躍できる環境が整備されており、実際にオフィスから離れた地域へ移住するケースが増えています。
さくらインターネットの特徴は、リモート率約9割を実現しながら、離職率を2.5%という低水準に抑えている点です。これは、働く場所の自由度が長期的なエンゲージメントを後押ししていることを示しています。
同社は、完全リモートワークの実現により、「全国の優秀な人材にアクセスできる」「従業員の生活の質が向上する」「災害時の事業継続性が確保される」という戦略的メリットを獲得しています。
企業選択の背景にある戦略的考慮事項
これらの企業の選択を分析すると、いくつかの共通する戦略的考慮事項が浮かび上がります。
第一に、人材獲得と定着の戦略です。完全リモートワークを継続する企業は、全国から優秀な人材を獲得し、働く場所の自由度により従業員の定着率を向上させることを重視しています。
第二に、業務の性質と顧客対応の要件です。コンサルティング業界や製造業など、対面でのコミュニケーションや協働が重要な業界では、出社回帰やハイブリッドワークを選択する傾向があります。一方、IT業界やクリエイティブ業界では、個人の集中力や創造性を重視し、リモートワークを継続する企業が多く見られます。
第三に、企業文化と組織運営の方針です。伝統的な企業文化を重視する企業は出社回帰を選択し、イノベーションと柔軟性を重視する企業はリモートワークやハイブリッドワークを選択する傾向があります。
第四に、コスト構造と経営効率の考慮です。オフィス関連コストの削減を重視する企業はリモートワークを継続し、対面でのコラボレーションによる生産性向上を重視する企業は出社回帰を選択しています。

リモートワークを成功させるコツ
リモートワークの成功は、単に技術的な環境を整備するだけでは実現できません。草野加奈氏と矢本成恒氏による「多様な人財活用を意識したリモートワークの有効性の考察」という研究論文は、リモートワーク環境における効果的なマネジメント手法について重要な示唆を提供しています。本章では、この研究成果を基に、リモートワークを成功に導くための具体的な方法論について詳細に検討します。
信頼関係の構築:リモートワーク成功の基盤
草野・矢本の研究によると、リモートワークの成否を左右する最も重要な要因は「信頼」の有無であることが明らかになっています。リモートワーク環境では、従来のオフィスワークと比較して、上司と部下、同僚同士の直接的な接触機会が大幅に減少します。このような状況下では、相互の信頼関係が業務の効率性と品質を決定する重要な要素となります。
信頼関係の構築において重要なのは、透明性の確保です。リモートワーク環境では、従業員の業務プロセスや進捗状況が見えにくくなるため、管理職は部下の働きぶりに対して不安を感じやすくなります。この不安が過度になると、マイクロマネジメントの発生につながり、従業員の自律性を阻害する結果となります。
研究では、信頼関係構築のための具体的な方法として、以下の要素が重要であることが示されています。まず、定期的なコミュニケーションの機会を設けることです。これは単なる業務報告ではなく、従業員の状況や課題を理解し、必要なサポートを提供するための対話の場として機能する必要があります。
次に、成果に基づく評価システムの導入です。リモートワーク環境では、勤務時間や勤務態度ではなく、実際の成果や貢献度に基づいて従業員を評価することが重要です。これにより、従業員は自律的に業務に取り組むことができ、管理職も安心して業務を任せることができます。
さらに、失敗に対する寛容性の醸成も重要な要素です。リモートワーク環境では、コミュニケーションの齟齬や技術的なトラブルなど、様々な問題が発生する可能性があります。こうした問題に対して、責任追及よりも改善策の検討を重視する文化を構築することで、従業員は安心して挑戦的な業務に取り組むことができます。
トランスフォーメーショナルリーダーシップの実践
草野・矢本の研究では、リモートワーク環境において特に有効なリーダーシップスタイルとして、トランスフォーメーショナルリーダーシップが挙げられています。このリーダーシップスタイルは、ビジョンで部下を啓発し、個別に自立的な学習と成長を支援することを特徴としています。
トランスフォーメーショナルリーダーシップの実践において重要な要素の一つは、明確なビジョンの共有です。リモートワーク環境では、従業員が物理的に離れた場所で業務を行うため、組織の方向性や目標を明確に理解することが困難になる場合があります。リーダーは、定期的にビジョンを伝達し、個々の業務がどのように組織全体の目標に貢献するかを明確に示す必要があります。
また、個別の成長支援も重要な要素です。リモートワーク環境では、従業員一人ひとりの状況や課題が見えにくくなるため、リーダーは積極的に個別の対話の機会を設け、従業員の成長ニーズを把握し、適切な支援を提供する必要があります。これには、スキル開発の機会の提供、キャリアパスの明確化、メンタリングの実施などが含まれます。
さらに、知的刺激の提供も重要です。リモートワーク環境では、偶発的な学習機会や刺激的な議論の機会が減少しがちです。リーダーは、意図的にこうした機会を創出し、従業員の創造性や問題解決能力の向上を支援する必要があります。
シェアードリーダーシップの導入
草野・矢本の研究では、リモートワーク環境においてシェアードリーダーシップの有効性も指摘されています。シェアードリーダーシップとは、従来の階層的なリーダーシップとは異なり、チームメンバー全員がリーダーシップを発揮し、相互に支援し合う組織運営方式です。
リモートワーク環境では、管理職が常に部下の状況を把握し、適切な指示を出すことが困難になります。このような状況下では、チームメンバー一人ひとりが自律的に判断し、行動する能力が重要になります。シェアードリーダーシップは、こうした自律性を促進し、チーム全体のパフォーマンスを向上させる効果があります。
シェアードリーダーシップの実践において重要なのは、権限の委譲です。管理職は、部下に対して適切な権限を委譲し、自律的な意思決定を促進する必要があります。これには、明確な責任範囲の設定、意思決定プロセスの透明化、失敗に対する寛容性の醸成などが含まれます。
また、相互支援の文化の構築も重要です。チームメンバー同士が互いの強みを理解し、必要に応じて支援し合う文化を構築することで、個々の能力を超えたチーム全体のパフォーマンスを実現することができます。
ポジティブ感情の醸成と維持
草野・矢本の研究では、リモートワーク環境におけるポジティブ感情の重要性が強調されています。心理学者のフレドリクソンの研究によると、ポジティブ感情は以下の効果をもたらすことが明らかになっています。
1.仕事への満足度を高めやすい
2.モチベーションを高めやすい
3.他者に協力的な態度をとることを促す
4.大胆で革新的な知の探索を促す
リモートワーク環境では、対面でのコミュニケーションが制限されるため、感情の伝播が困難になります。特に、非言語的な表現を通じた感情の伝達が制限されるため、意図的にポジティブ感情を醸成し、維持する取り組みが必要になります。
ポジティブ感情の醸成において重要なのは、成功体験の共有です。チームメンバーの成果や貢献を積極的に認識し、チーム全体で共有することで、達成感や満足感を高めることができます。また、困難な状況を乗り越えた経験を共有することで、チームの結束力を高めることも可能です。
さらに、楽しさや喜びを感じられる機会の創出も重要です。オンライン懇親会、バーチャルチームビルディング、ゲーミフィケーションの導入などを通じて、業務以外でのポジティブな交流機会を提供することで、チーム全体の雰囲気を向上させることができます。
多様性の活用と認知バイアスの解消
草野・矢本の研究では、リモートワーク環境における多様性の重要性も指摘されています。ウィリアム・オカシオのアテンション・ベースト・ビューによると、企業は意図に限界のある人の集合体であり、多様な人材がいることによって、チームのアテンションも多様になり、個人の持つ認知バイアスを解消し、客観的な意思決定・行動に結びつくとされています。
リモートワーク環境では、物理的な距離により、チームメンバー間の多様性が見えにくくなる可能性があります。また、同質的なコミュニケーションパターンに陥りやすく、多様な視点や意見が軽視される傾向があります。
多様性を活用するためには、意図的に異なる背景や専門性を持つメンバーの意見を求める仕組みを構築する必要があります。これには、定期的なブレインストーミングセッション、クロスファンクショナルなプロジェクトチームの編成、外部専門家との連携などが含まれます。
また、認知バイアスの解消のためには、意思決定プロセスの透明化と構造化が重要です。重要な決定を行う際には、複数の選択肢を検討し、それぞれのメリット・デメリットを客観的に評価するプロセスを導入することで、個人の偏見や先入観に基づく判断を避けることができます。
効果的なコミュニケーション戦略の構築
リモートワーク環境では、コミュニケーションの質と頻度が業務の成果に直接的な影響を与えます。草野・矢本の研究では、双方向コミュニケーションの重要性が強調されており、一方的な情報伝達ではなく、相互の理解と合意形成を重視したコミュニケーションが必要であることが示されています。
効果的なコミュニケーション戦略の構築において重要なのは、コミュニケーションチャネルの多様化です。メール、チャット、ビデオ会議、電話など、様々なコミュニケーション手段を適切に使い分けることで、情報の性質や緊急度に応じた最適なコミュニケーションを実現することができます。
また、定期的なコミュニケーションの機会を設けることも重要です。日次のスタンドアップミーティング、週次の進捗確認、月次の振り返りなど、様々な頻度でのコミュニケーション機会を設けることで、情報の共有と課題の早期発見を実現することができます。
さらに、非公式なコミュニケーションの機会も重要です。業務に直接関連しない雑談や、個人的な近況報告などの機会を意図的に設けることで、チームメンバー間の人間関係を深め、信頼関係の構築を促進することができます。
技術インフラとツールの最適化
リモートワークの成功には、適切な技術インフラとツールの整備が不可欠です。しかし、単に最新の技術を導入するだけでは十分ではありません。組織の業務プロセスや文化に適合したツールを選択し、従業員が効果的に活用できるよう支援することが重要です。
コラボレーションツールの選択においては、使いやすさと機能性のバランスを考慮する必要があります。高機能なツールであっても、従業員が使いこなせなければ意味がありません。また、セキュリティ要件や既存システムとの連携性も重要な考慮事項です。
さらに、ツールの導入だけでなく、従業員への教育とサポートも重要です。新しいツールの使い方を習得するための研修プログラムの提供、技術的な問題に対するサポート体制の整備、ベストプラクティスの共有などを通じて、従業員がツールを効果的に活用できるよう支援する必要があります。
成果測定と継続的改善
リモートワークの成功を確実にするためには、適切な成果測定と継続的な改善が必要です。従来のオフィスワーク環境とは異なる指標を用いて、リモートワークの効果を客観的に評価し、必要に応じて改善策を実施することが重要です。
成果測定においては、定量的な指標と定性的な指標の両方を活用する必要があります。定量的な指標には、生産性、品質、顧客満足度、従業員満足度などが含まれます。定性的な指標には、チームワーク、コミュニケーションの質、イノベーション創出、企業文化の維持などが含まれます。
また、定期的な従業員アンケートやフィードバックセッションを通じて、リモートワーク環境における課題や改善要望を収集し、継続的な改善に活用することも重要です。SmartHRの事例のように、約2年ごとに制度の全面見直しを行う「アップデート前提」のアプローチは、変化する環境に適応するための有効な方法です。

すごい人事コンサルティングの活用

自社に最適な働き方を模索する過程は、多くの企業にとって複雑で困難な課題です。業界のベストプラクティスの調査、従業員ニーズの分析、制度設計、変革管理、効果測定など、専門的な知識と経験が必要な領域が多く含まれています。
このような状況において、専門的な人事コンサルティングサービスの活用は、企業の意思決定を支援し、成功確率を高める有効な手段となります。外部の専門家は、客観的な視点から企業の状況を分析し、他社の成功事例や失敗事例を踏まえた実践的なアドバイスを提供することができます。
特に、働き方の変革は組織全体に影響を与える大きな変化であり、適切な計画と実行が成功の鍵となります。人事コンサルティングサービスは、変革のロードマップ作成、ステークホルダーとのコミュニケーション、リスク管理、効果測定などの各段階において、企業を支援することができます。

まとめ:自社に合った勤務形態を選択しよう
本記事を通じて明らかになったのは、現在の企業が直面している働き方の選択は、単純な二者択一ではないということです。完全な出社回帰、ハイブリッドワーク、完全リモートワークという三つの主要な選択肢は、それぞれ異なる戦略的意図と期待される成果を持っています。
アマゾンやアクセンチュアのような出社回帰を選択した企業は、対面でのコラボレーションによるイノベーション創出、企業文化の維持・強化、顧客サービスの質向上を重視しています。一方、SmartHRやさくらインターネットのような完全リモートワークを継続する企業は、全国からの優秀な人材獲得、従業員の定着率向上、コスト効率の最適化を戦略的目標としています。
重要なのは、これらの選択に正解や不正解があるわけではないということです。企業の業種、規模、文化、将来のビジョン、そして従業員の特性や期待に応じて、最適な働き方は異なります。経営陣と人事担当者は、自社の状況を客観的に分析し、長期的な競争力の向上につながる働き方を選択する必要があります。
働き方に関する最適解は、企業の成長段階、市場環境の変化、技術の進歩、従業員のニーズの変化などに応じて変化します。SmartHRの「アップデート前提」のアプローチが示すように、定期的な見直しと改善を行うことで、変化する環境に適応し続けることが重要です。
企業は、働き方に関する決定を一度きりのものと考えるのではなく、継続的な実験と学習のプロセスとして捉える必要があります。従業員からのフィードバック、業績データの分析、外部環境の変化の監視などを通じて、常に最適な働き方を模索し続けることが求められています。
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