
退職代行とは?企業が知っておくべき対応策と注意点
近年、従業員が自ら退職の意思を会社に伝えるのではなく、第三者が代行して退職の手続きを進める「退職代行」サービスが注目を集めています。マイナビの調査によると、2024年上半期には2割以上の企業が退職代行サービスの利用経験のある従業員を抱えており 、その利用は増加傾向にあります 。かつての日本では一般的ではなかったこのサービスが、なぜこれほどまでに広まっているのでしょうか。本稿では、企業が退職代行の現状を理解し、適切に対応するために知っておくべき基礎知識、法的側面、具体的な対応策、そして未然に防ぐための予防策について解説します。
目次
企業にとって無視できない退職代行の現状と重要性

近年、従業員が自ら退職の意思を会社に伝えるのではなく、第三者が代行して退職の手続きを進める「退職代行」サービスが注目を集めています。マイナビが2024年7月に実施した調査によると、2023年6月以降に退職代行サービスを利用した人がいた企業は16.6%に達しており 、過去の利用実績を見ても、その割合は年々増加傾向にあります 。かつての日本では、終身雇用が一般的であり、転職は現在ほど頻繁ではありませんでしたが、働き方の多様化や価値観の変化に伴い、転職を選択する人が増加しています 。このような背景から、退職も以前ほど特別なものではなくなり、よりスムーズかつ円満に退職したいというニーズが高まっていると考えられます 。企業は、この新たな潮流を単に認識するだけでなく、その背景にある要因、法的な側面、そして適切な対応策を理解することが不可欠となっています。
退職代行サービスの利用が増加している背景には、従業員が抱える様々な状況が考えられます。職場の雰囲気が悪い、上司に退職を相談しても引き止められる、ハラスメントを受けているなど、自力で退職を申し出ることが精神的な負担となるケースも少なくありません 。特に若手世代を中心に、「職場に不満があれば転職する方が良い」という価値観が広まっており、円満な退職が難しい職場からスムーズに退職する手段として、退職代行サービスが選ばれる傾向が強まっています 。また、インターネットやSNSの普及により、退職代行サービスの情報が容易に取得できるようになったことも、利用を後押しする要因の一つと言えるでしょう 。
退職代行とは
退職代行サービスとは、従業員本人の代わりに、退職の意思を勤務先に伝えるサービスです 。単に退職の意思を伝えるだけでなく、未払いの残業代を請求する場合もあります 。退職代行サービスの利用の流れは一般的に、従業員が電話、メール、LINEなどでサービスに申し込み、氏名や連絡先、雇用形態、退職希望日、会社に関する情報などを業者に伝えます。その後、利用料金を支払い、担当者と退職理由や希望日、会社からの貸与品の有無、発行してほしい書類などを具体的に打ち合わせます。そして、退職代行業者が会社に退職の意思を伝え、その経過を利用者に報告するという流れになります 。
退職代行サービスを提供する主な主体としては、以下の3つの形態が挙げられます 。
弁護士
弁護士資格を持つ者は、従業員の正式な代理人として、退職日や引き継ぎに関する交渉・調整を行うことができます 。賃金未払いの請求や退職金などの条件交渉、損害賠償請求も可能です 。法的な信頼性が高いですが、料金は比較的高めになる傾向があります 。
退職代行ユニオン
これは、企業内に労働組合がない場合に、労働者が加入できる外部の労働組合です 。退職日の調整・交渉や未払い賃金の請求交渉が可能ですが、裁判になった場合は代理人としての役割を果たすことはできません 。弁護士よりも費用が抑えられる場合が多く、交渉力を持つ点が特徴です 。
退職代行サービス
これは民間の事業会社が提供するサービスで、従業員に代わって会社に退職届を提出することに限定されます 。退職日や未払い賃金などの調整・交渉は法律で許可されていません 。比較的安価で、迅速な対応が期待できる一方、交渉力はありません 。
弁護士 | 退職代行ユニオン | 民間退職代行サービス | |
---|---|---|---|
主な特徴 | 法的代理人、交渉・訴訟対応可能 | 団体交渉権に基づく交渉可能、弁護士より安価 | 退職意思の伝達に特化、比較的安価 |
交渉に関する法的制限 | なし | 裁判での代理は不可 | 交渉権なし(非弁行為に該当) |
一般的な費用 | 5万円以上 | 2~3万円程度 | 2~3万円程度(より安価な場合もあり) |
企業が退職代行サービスからの連絡を受けた場合、どの形態のサービス提供者からの連絡であるかを確認することが、適切な対応を講じる上で非常に重要となります。
退職代行が選ばれる背景
従業員が退職代行サービスの利用を選択する背景には、様々な要因が複雑に絡み合っています。まず、直接上司に退職の意思を伝えることへの心理的な抵抗感が挙げられます。上司が高圧的で退職を言い出しにくい、あるいは退職をなかなか認めてもらえないといった状況にある従業員、特に若手を中心に、この傾向が見られます 。また、「退職を引き止められた(引き留められそうだ)から」「自分から退職を言い出せる環境でないから」「退職を伝えた後トラブルになりそうだから」といった理由も多く挙げられています 。
職場におけるハラスメント問題や劣悪な労働環境に対する意識の高まりも、退職代行利用の背景にあると考えられます 。ハラスメントを受けている場合や過酷な労働環境に置かれている場合、自力で退職を申し出ることは精神的な負担が大きく、困難を伴うことがあります 。このような状況において、退職代行サービスは、自ら退職を申し出にくい従業員にとって、安全かつ確実に退職手続きを進められる手段となります 。
さらに、転職が一般的になり、終身雇用や年功序列といった従来の働き方に対する価値観が変化していることも、退職代行の普及を後押ししています 。特に若い世代は、自身のキャリアやライフプランを重視し、より柔軟な働き方や自己成長につながる環境を求める傾向が強く、現状の希望と働き方が合わないと感じた場合、積極的に転職を検討する傾向があります 。退職という行為に対する心理的なハードルが以前よりも低くなっており、より合理的かつストレスなく退職したいと考える若年層が増えていることも、退職代行の利用増加に繋がっていると考えられます 。従業員が退職代行サービスの利用を検討する背景には、企業内のコミュニケーション不足や、従業員の意見が反映されにくい組織風土といった、企業側の課題が潜在している可能性も示唆されています。
企業が知っておくべき法的側面
企業が退職代行に対応する上で最も重要なポイントの一つが、関連する法律の理解です。原則として、期間の定めのない雇用契約の場合、従業員は民法627条1項に基づき、2週間前に予告することで自由に退職することができます 。これは「退職の自由」として保障されており、退職代行サービスを通じて退職の意思が伝えられた場合でも、法律に則った手続きであれば、企業は原則としてこれを拒否することはできません 。
ただし、有期雇用契約の場合は例外があります。原則として、契約期間満了までは退職は認められませんが、民法628条に定められた「やむを得ない事由」がある場合は、期間途中でも退職が可能です 。
また、退職代行サービスを利用する上で企業が特に注意すべきなのが、弁護士法に定められた「非弁行為」の問題です 。弁護士法72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で法律事務を行うことを禁じています 。退職代行サービスにおいては、特に以下の行為が非弁行為に該当する可能性があります。
・退職に伴う条件交渉(退職日、有給休暇の消化、引継ぎ内容など)
・未払い賃金や残業代の請求
・退職金や慰謝料の交渉・請求
・損害賠償請求
・法的な手続きの代行(内容証明郵便の作成・提出など)
一方で、弁護士資格を持たない民間業者が行う退職代行サービスが、単に従業員の退職の意思を会社に「伝達」するに留まる場合は、非弁行為には該当しないとされています 。
労働組合(退職代行ユニオンを含む)は、労働組合法に基づく団体交渉権を有しており、組合員の代わりに退職に関する交渉を行うことができます 。しかし、裁判になった場合の代理行為は弁護士にしか認められていません 。
企業は、退職代行サービスから連絡を受けた際に、相手がどの形態の事業者であるかを確認し、非弁行為に該当する可能性のある交渉には応じない姿勢を示すことが重要です 。ただし、適法な範囲内での退職手続きには、誠実に対応する必要があります。
退職代行通知への戦略的対応

退職代行サービスから連絡を受けた場合、企業は冷静かつ適切に対応する必要があります。感情的な対応はトラブルを招く可能性があり、法律に反する対応は訴訟リスクを高めることにもなりかねません。以下に、企業が取るべき具体的な対応策を段階的に解説します。
まず、連絡してきた退職代行サービスの身元をしっかりと確認します 。相手の名称、担当者名、連絡先を確認し、弁護士事務所、退職代行ユニオン、民間の退職代行サービスのいずれであるかを確認します 。弁護士の場合は弁護士登録情報の確認、労働組合の場合は団体交渉権を有する労働組合であるかの確認を行うことが望ましいです 。また、従業員本人が退職代行サービスに依頼したという意思確認のため、委任状や従業員の身分証明書の写しなどの提示を求めるべきです 。正式な書類がない場合は、本人確認ができないことを理由に、原則として本人からの連絡を求めるという対応も考えられます 。
次に、退職代行サービスからの連絡内容を正確に把握し、社内の担当部署(通常は人事部)に連携します 。会社の方針や就業規則に基づき、退職に関するルールや手続きを確認します 。退職届の提出方法、貸与品の返却方法、社会保険や雇用保険の手続きなど、必要な情報をリストアップし、退職代行サービスに対して案内します 。
交渉が発生する場合は、退職代行サービスの形態に応じて対応を検討します。弁護士や退職代行ユニオンからの交渉には、誠実に対応する必要があります 。一方、民間の退職代行サービスからの条件交渉には、非弁行為に該当する可能性を指摘し、原則として応じない姿勢を明確に伝えるべきです 。ただし、退職の意思表示自体は有効であるため、その後の手続きは適切に進める必要があります 。
従業員本人が会社との直接的な接触を避けている可能性が高いことを考慮し、連絡手段は原則として退職代行サービスを通じて行うのが望ましいでしょう 。無理に本人に連絡を取ろうとすることは、更なるトラブルに発展する可能性もあります 。
退職日については、従業員の希望日と会社の状況を考慮しつつ、就業規則や法律に基づいて決定します 。有給休暇が残っている場合は、原則として従業員の希望に沿って消化させる必要があります 。退職代行サービスの利用を理由とした懲戒処分は認められません 。
最後に、退職代行サービスとのやり取りや、従業員との合意内容など、一連の対応について詳細な記録を残しておくことが重要です 。
企業が取り組むべき予防策
退職代行サービスの利用を未然に防ぐためには、企業は従業員が安心して働ける職場環境を整備することが最も重要です。日頃から従業員とのコミュニケーションを密にし、風通しの良い職場づくりを心がける必要があります 。定期的な1on1ミーティングを実施し、業務の進捗だけでなく、個人の悩みや課題も共有できる関係性を築くことが大切です 。また、部署や階層を超えた意見交換の場を設けたり、匿名での意見箱を設置するなど、オープンな意見交換を促進する取り組みも有効です 。
ハラスメントや労働環境に関する問題が発生した場合は、迅速かつ適切に対応することが不可欠です 。従業員が安心して相談できる窓口を設置し、相談があった場合には、事実関係を調査し、適切な措置を講じる必要があります。
また、従業員が退職を検討する理由を把握するために、定期的な従業員エンゲージメント調査を実施することも有効です 。調査結果を分析し、組織全体の課題や改善点を見つけ出し、具体的な対策を講じることで、従業員の満足度向上と離職率の低下に繋げることができます。
退職手続きについても、明確で透明性の高いプロセスを整備することが重要です 。退職を希望する従業員が、スムーズに手続きを進められるように、社内規定や必要書類、手続きの流れなどを分かりやすく周知しておくことが望ましいです。退職に関する不明点や疑問点がある場合でも、従業員が人事担当者や上司に気軽に相談できるような体制を整えておくことも、退職代行の利用を抑制する効果が期待できます 。
さらに、退職者に対しては、可能な範囲で丁寧な退職手続きを行い、円満な関係を維持するように努めることが大切です。退職理由を把握するための出口調査(退職インタビュー)を実施し、そこで得られたフィードバックを真摯に受け止め、組織改善に活かす姿勢が重要です 。
まとめ
退職代行サービスの利用増加は、企業にとって無視できない現実であり、従業員の退職に対する意識や価値観の変化を反映していると言えるでしょう。企業は、退職代行サービスの種類とそれぞれの法的権限を正しく理解し、連絡を受けた際には冷静かつ適切に対応することが求められます。特に、非弁行為に該当する可能性のある交渉には注意が必要です。
しかし、より重要なのは、退職代行サービスが利用される背景にある根本的な原因に対処することです。従業員が安心して退職の意思を伝えられるようなオープンなコミュニケーション環境、ハラスメントのない健全な職場、そして透明性の高い退職手続きを整備することで、退職代行サービスの利用を抑制し、従業員との良好な関係を維持することができます。
企業は、退職代行の増加を単なるトラブルとして捉えるのではなく、自社の組織文化や従業員エンゲージメントを見直す機会と捉え、従業員一人ひとりが安心して働き、納得してキャリアを終えられるような環境づくりに積極的に取り組むことが、今後の持続的な成長に繋がるのではないでしょうか
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