経営課題としての『人材定着』|離職コストを抑え組織力を最大化する定着戦略
「採用しても人手不足が解消しない」「育った社員が退職し、再び採用と教育に追われる」。こうした状況を、採用担当者の努力不足や社員の忍耐力の問題として片づけていないでしょうか。
人材定着とは、社員を会社に引き留めることだけではありません。社員が安心して働き、能力を発揮しながら、働き続ける理由を持てる状態をつくることです。経営にとっては、採用と育成への投資を継続的な成果へ変えるための重要な課題になります。
その実現には、給与や福利厚生の改善だけでも、やりがいの訴求だけでも不十分です。本記事では、離職コストを経営の視点で捉え直し、ハーズバーグの二要因理論とマズローの欲求理論から離職の背景を整理します。そのうえで、タレントアクイジションを軸に、採用前から入社後までをつなぐ定着戦略を解説します。
人材定着は、採用費と事業の成長を左右する経営課題
離職率だけでは、組織への影響を判断できない
厚生労働省が2026年8月に公表した「令和7(2025)年雇用動向調査」では、年間の離職率は全体で13.7%、一般労働者で11.4%、パートタイム労働者で19.9%でした。ただし、これらは主要産業の事業所を対象とした年間の数値であり、新卒社員の3年以内離職率とは異なります。
全国平均を、そのまま自社の目標にする必要はありません。同じ離職率でも、短期間で補充できる職種と、育成に数年かかる専門職では影響が違うためです。
経営者が確認すべきなのは、「何人辞めたか」に加えて、「どの役割の人が、いつ、なぜ辞めたか」です。顧客との関係を担う社員、技術や業務の要となる社員、将来の管理職候補の退職は、人数以上の影響を持つ場合があります。離職を一律に扱わず、事業上の重要性に応じて対策の優先順位を決めましょう。
離職コストには、支出だけでなく機会損失も含まれる
離職コストを求人広告費や人材紹介手数料だけで考えると、投資判断を誤ります。再採用の面接に使う管理職の時間、引き継ぎや教育の工数、欠員期間の業務停滞、新任者が習熟するまでの生産性の差も把握する必要があります。
例えば、再採用の外部費用が60万円、採用担当者と面接官の工数が25万円、受け入れと教育が30万円、欠員期間の機会損失が45万円、習熟までの生産性の差が30万円なら、合計は1人あたり190万円です。これは実測値や業界平均ではなく、費目の考え方を示す架空の試算です。
この条件で年間20人の入れ替わりが起きれば、費用と機会損失の合計は3,800万円になります。仮に5人分の回避可能な離職を防げれば、同じ前提で950万円相当の負担を減らせる計算です。ただし、950万円がそのまま現金として残るわけではありません。実際の支出と社内工数、失われた利益を分け、施策費用や費用が発生する時期も考慮して判断します。

目指すのは「離職ゼロ」ではなく、活躍が続く組織
すべての退職を防ぐことを目標にすると、社員のキャリア選択を妨げたり、組織に必要な変化まで止めたりするおそれがあります。重要なのは、職場環境や期待の不一致による防げる離職を減らし、社員と会社の双方に価値がある在籍を増やすことです。
したがって、定着戦略では在籍期間とともに、役割の遂行、能力の成長、顧客への価値提供を確認します。「辞めない会社」だけを目指すのではなく、「ここで働く理由があり、成果を出せる会社」をつくることが経営の目的です。
ハーズバーグの二要因理論で「不満」と「働きがい」を分ける
衛生要因の不足は、不満の原因になりやすい
ハーズバーグの二要因理論は、仕事への満足をもたらす要因と、不満をもたらす要因を区別する考え方です。給与、会社の方針、上司の監督、対人関係、労働条件などは「衛生要因」として整理されます。
定着の問題に置き換えると、給与の決め方が不透明、残業が恒常的に多い、上司によってルールが変わるといった状況は、不満を点検する重要な手がかりになります。これらを放置したまま理念への共感や挑戦を求めても、社員は安心して仕事に向き合えません。
経営者と人事部長は、まず賃金の水準と社内の公平性、実労働時間、休暇の取得実態、ハラスメントへの対応を確認しましょう。「制度が存在するか」ではなく、「現場で機能しているか」を見ることが大切です。育児や介護との両立制度があっても、利用すると不利になると受け止められていれば、定着を支える仕組みにはなりません。
動機づけ要因は、仕事を続ける積極的な理由になる
一方、達成、承認、仕事そのもの、責任、成長や昇進などは「動機づけ要因」として整理されます。労働条件への不満を取り除くだけでは、仕事への積極的な満足が十分に生まれるとは限らない、というのが二要因理論の重要な視点です。
例えば、残業を減らしても、毎日同じ作業を繰り返すだけで、成果が認められず将来の役割も見えないなら、社員が他社に成長機会を求める可能性は残ります。定着には、働きやすさと働きがいの両方を設計する必要があります。
本人の習熟に合わせて担当範囲を広げ、仕事が顧客や事業にどう役立ったかを伝え、判断できる範囲を明確にして裁量を渡しましょう。目的と権限、支援をセットにしなければ、責任の増加が単なる負担増になりかねません。

「給与を上げても意味がない」と解釈しない
二要因理論は、給与が重要でないことを証明するものではありません。給与水準が生活や市場相場に見合わない場合、あるいは貢献に対する扱いが不公平だと感じられる場合、報酬の見直しは重要な課題です。
また、古典的な動機づけ理論を、あらゆる職種や個人にそのまま当てはまる法則として扱うのも適切ではありません。同じ施策でも、本人の状況や仕事の性質によって受け止め方が変わります。仕事への満足が高まれば必ず退職しなくなる、とも言い切れません。
マズローの欲求理論から、社員ごとに異なる離職の背景を読む
安心や所属が不足していると、挑戦を求めるだけでは届かない
マズローの欲求理論では、人間の欲求を、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求として整理します。仕事の場面を理解する際にも、何が満たされていないのかを考える補助線になります。
職場での対応例として、生理的欲求は休憩や睡眠を確保できる働き方、安全の欲求は雇用や生活の見通し、公正で予測できる運用に置き換えられます。所属と愛の欲求は、チームとのつながりや相談できる相手を持てるかという視点で考えられます。これらは原典に示された人事施策ではなく、本記事での実務的な整理です。
新入社員に「自ら挑戦してほしい」と伝えても、質問相手がおらず、失敗した際の扱いも分からなければ、不安が先に立つかもしれません。挑戦の意欲を評価する前に、仕事に必要な情報、相談経路、安心して学べる関係が用意されているかを確認しましょう。
承認と自己実現は、昇進以外の方法でも支えられる
承認の欲求を、表彰や役職だけで満たそうとする必要はありません。自分の仕事が正当に見られ、貢献が具体的に伝えられることも重要です。「頑張ったね」だけでなく、「この改善によって顧客対応の手戻りが減った」と事実を示せば、本人は次に何を伸ばすべきか理解しやすくなります。
自己実現の視点では、本人が大切にする専門性や関心と、会社で担える役割がつながっているかを考えます。全員が管理職を目指すわけではありません。専門職として深める道、部門を越えて経験を広げる道、後進の育成に関わる道など、複数の成長の選択肢を示すことが有効です。
ただし、将来の機会を約束するだけでは期待の不一致が広がります。現在提供できる機会と、事業の状況次第で変わる機会を分け、必要な能力や選考条件を具体的に説明します。成長への期待をつくるほど、会社にはその期待を丁寧に管理する責任が生まれます。

年齢や世代で決めつけず、本人の状況を確認する
マズローの理論は、下の欲求が完全に満たされるまで上の欲求が現れないという、機械的な順番を示すものではありません。原典でも欲求の部分的な充足や順序の例外が扱われており、人を厳密な段階に分類する使い方には注意が必要です。
「若手は成長だけを求める」と決めつけると、実際の希望を見落とします。生活の安定と挑戦を同時に求める人もいます。家庭や健康、担当業務の変化によって優先事項も変わります。
面談では、「今の仕事で続けたいこと」「負担になっていること」「これから得たい経験」を分けて尋ねます。理論を使って社員を分類するのではなく、対話で確認すべき論点を増やすことが、定着施策の精度につながります。
離職原因を特定するには、退職者の言葉と職場の事実をつなぐ
退職理由を、一つのラベルで処理しない
「一身上の都合」「キャリアアップのため」と記録しただけでは、次の改善につながりません。退職の表向きの理由と、職場で積み重なった経験を分けて確認する必要があります。ただし、退職者に本音の開示を迫ったり、会社に都合のよい結論へ誘導したりしてはいけません。
本人の同意のもとで、入社前の説明と異なった点、困った際に相談できたか、評価や仕事の割り当てをどう受け止めていたかを尋ねます。直属の上司には話しにくい場合もあるため、人事など別の担当者による面談を選べるようにしましょう。
面談結果を退職時期や部署、残業の状況と照らし合わせます。個人情報の共有を必要最小限にし、集計して傾向を把握します。小規模な部署では、匿名化しても本人が推測されやすいことに注意が必要です。
勤続期間ごとに、優先して点検する課題を変える
入社直後の離職では、求人情報と実際の業務の違い、受け入れ準備の不足、最初の上司との関係を優先して点検します。一定期間働いた後の離職では、評価への納得感、役割の停滞、学習機会、働き方の変化などを確認します。
勤続期間だけで原因を断定せず、調査の入り口として使います。給与への不満は入社直後にも起こり、上司との関係は長期在籍者にも影響するためです。
部署別や採用経路別の差を見るときも、職種や配属条件が違わないか確認します。紹介経由の社員の定着率が高くても、紹介という手法だけが理由とは限りません。人数が少ない集団では一人の退職で率が大きく変わるため、実数と率を併記し、個別の経験も確認しましょう。
在籍者との対話で、改善できるうちに動く
退職面談だけでは、すでに退職を決めた後の情報しか集まりません。在籍者に「今の会社で働き続ける理由」と「続けにくくなる条件」を尋ねる面談を設けると、改善の余地がある段階で課題を捉えられます。
目的は退職しそうな人を探すことではなく、会社が改善できる課題を把握することです。発言を評価や配置で不利に使えば、その後の対話は成立しにくくなります。
集めた意見には、対応する内容、すぐには対応できない理由、次に確認する時期を返しましょう。質問するだけで変化がなければ、社員は「意見を伝えても意味がない」と感じます。調査の回数よりも、対話と改善を結びつけることが重要です。
定着戦略にタレントアクイジションが重要な理由
欠員補充から、事業に必要な人材を獲得する活動へ変える
タレントアクイジションとは、事業戦略に必要な人材を定義し、候補者との関係を中長期で築きながら、継続的な人材獲得につなげる考え方です。目の前の求人を充足する活動に加え、将来の役割や必要な能力を見据えて採用を設計します。
定着への働きかけは、採用前から始まります。どんな仕事を任せ、どのような条件や成長機会を提供できるかを採用前に明確にすれば、候補者が自分に合う環境か判断しやすくなります。
反対に、「前任者と似た人を急いで採る」だけでは、その役割に無理があった場合、同じ離職が繰り返されます。経営者は、人を採り直す前に、業務の分担や必要な権限、育成で補える能力を見直す必要があります。タレントアクイジションは、求人手法の追加ではなく、この経営判断と採用を接続する役割を持ちます。
候補者との対話が、入社前の期待のずれを小さくする
急な欠員に対応する採用では、会社は魅力を強調し、候補者も自分をよく見せようとしがちです。十分な対話がないまま内定を承諾すると、双方の理解が合わないまま入社する可能性があります。
タレントアクイジションでは、今すぐ転職しない候補者とも接点を持ち、仕事内容や組織の変化を継続的に伝えます。その過程で、本人が求める働き方、得意な仕事、将来の希望を確認し、実際の役割との適合を見極めます。関係を長く持つこと自体ではなく、情報の正確さと対話の質が重要です。
仕事のよい面と難しい面を伝える「リアリスティック・ジョブ・プレビュー」は、入社前の期待を現実に近づける考え方です。研究では離職との関係も検討されていますが、実施するだけで定着を保証するものではありません。採用前に伝えた条件を、入社後にも実現することが必要です。
採用と定着の責任を切り離さない
採用部門が内定承諾数だけを追う体制では、入社後の経験とのずれが見過ごされます。現場だけに定着を任せても、求人情報や選考基準の改善が進まないことがあります。
そこで、経営、採用、人事、現場が、入社後に期待する役割と受け入れ条件を事前に合意します。入社後の評価や本人の声を採用に戻し、求人情報や面接での確認事項を更新します。
タレントアクイジションは、労働環境の問題を代わりに解決する万能策ではありません。現場の改善と育成を組み合わせることで、獲得した人材が活躍し続ける仕組みにつながります。採用と定着を同じ経営課題として扱うことに意味があります。

定着につながるタレントアクイジションの実践方法
必要人材を「経歴」ではなく「期待する成果」で定義する
採用要件を学歴や経験年数だけで決めず、「入社後に何を実現してほしいか」から定義します。経歴が合うだけでは、必要な能力を見落とす場合があるためです。
例えば営業責任者なら、単に営業経験が長い人ではなく、新規顧客の開拓、営業活動の標準化、メンバー育成のうち、何を優先して任せるのかを明確にします。同時に、顧客情報や人員、予算など、会社が提供する条件を整理します。
入社時点で必須の能力と、入社後に学べる能力も分けましょう。必要以上に要件を増やすと採用対象が狭まり、入社後の役割も過大になります。社員に成果を求める前に、その成果を実現できる仕事の設計になっているかを確認することが、定着の出発点です。
自社が提供できる価値を、実態に即して伝える
候補者に伝える価値は、「成長できる」「風通しがよい」といった抽象的な表現だけでは判断材料になりません。どのような仕事で経験を積めるか、誰から学べるか、どこまで判断を任されるかを具体的に説明します。
「裁量が大きい」なら決裁範囲を、「柔軟な働き方」なら勤務場所や時間のルールと制約を示します。採用担当者と現場責任者で共通の資料を持ち、説明の食い違いを防ぎましょう。
改善途中の課題を隠す必要もありません。現在の状況と改善計画、まだ確約できない点を分けて説明しましょう。完成した会社を装うよりも、何が実現でき、どこに課題があるかを誠実に伝えるほうが、入社後の期待を管理しやすくなります。
タレントプールと社員紹介を、関係づくりに活用する
タレントプールは、将来の採用候補者との接点を蓄積し、本人の関心に合った情報を届ける仕組みです。過去の応募者、イベント参加者、現在は転職を考えていない人などとの関係を、採用終了時に切らないことが基本です。
ただし、連絡先を集めるだけでは機能しません。本人の同意を得たうえで、関心のある役割や連絡の希望を把握し、不要な連絡や情報保持を避けます。会社の事情だけで一斉にスカウトを送るのではなく、関係を継続する価値を候補者にも提供しましょう。
社員紹介では、紹介者に仕事内容や難しさまで伝えてもらいます。ただし、紹介された人が必ず定着するわけではありません。「自社に合う」を似た性格や経歴だけで判断せず、共通の基準で選考します。退職者との交流も、再入社を迫るためではなく、本人が希望する範囲で関係を保つことが大切です。
選考は、会社と候補者が相互に確認する場にする
面接では、過去の行動や成果を具体的に確認し、仕事で必要な能力を評価します。それと同時に、候補者が会社を評価するための情報を十分に提供します。直属の上司や配属先の社員と話す機会も設け、日常の働き方を確認できるようにしましょう。
特に、評価基準、繁忙期の働き方、配属の可能性、入社後の支援は、曖昧にしないことが重要です。条件についての理解を最後に確認し、口頭での説明と通知する内容を一致させます。理解を候補者自身の言葉でも確認しましょう。
AIを活用する場合は、面接日程の調整や情報の整理などから始められます。ただし、誤った要約や偏った判断をそのまま採用判断に使わず、人が確認する運用を置きます。候補者情報の利用目的、保存期間、利用するサービスでの扱いも確認しましょう。効率化は、対話を減らすためではなく、重要な対話に時間を振り向けるために行います。
入社後は、オンボーディングとマネジメントで定着を支える
最初の90日で、役割と相談先を明確にする
オンボーディングは、入社手続きや会社説明だけではなく、新しい社員が役割を理解し、仕事に必要な知識と関係を得るための受け入れ支援です。新規入職者の適応に関する研究では、役割の明確さ、仕事を遂行できるという感覚、周囲に受け入れられている感覚などと、満足や離職を含む結果との関係が検討されています。
実務では、初日に用意する設備と情報、最初の1か月で学ぶこと、3か月程度で担当する仕事を具体化します。90日という区切りは運用例であり、すべての職種に同じ習熟期間を求めるものではありません。
上司とは別に、日常の疑問を尋ねられる担当者を決める方法もあります。採用時の説明や本人の希望は、本人の同意と必要性を踏まえて受け入れ側に共有します。最初の面談では成果だけでなく、「期待と違ったこと」「まだ分からないこと」を確認し、小さなずれを修正します。
管理職の役割を、進捗管理だけにしない
制度が整っていても、直属の上司の仕事の任せ方や評価、相談への対応で社員の経験は変わります。管理職に定着を任せるなら、時間と権限、支援も用意しましょう。
例えば、面談を増やすだけでは、業務が過密な管理職には負担が加わります。担当人数や管理業務を見直し、面談で確認する内容と、上司だけでは解決できない問題の相談経路を決めましょう。人事は面談の実施回数だけでなく、具体的な改善につながったかを支援します。
フィードバックでは、人格ではなく行動と成果を扱います。期待する状態を明確にし、できている点と次の課題を具体的に伝えることが基本です。問題が起きたときに管理職個人を責めるのではなく、仕事の設計や人員体制も含めて原因を確認します。
育成と社内の異動機会を、採用戦略と接続する
新しい事業に必要な能力を、外部採用だけで獲得する必要はありません。既存社員が学び直し、別の役割に移ることで対応できる場合もあります。経営計画に基づき、採用で補う能力と、育成や配置で生かせる能力を一緒に検討しましょう。
社員にとっても、現在の部署以外に成長の可能性が見えることは、社外転職だけに頼らない選択肢になります。社内公募や異動希望の面談を設ける際は、応募したことを理由に不利に扱われない運用が重要です。
研修を受けただけでは、能力を発揮する機会が生まれるとは限りません。学んだことを使う業務、支援する人、振り返る機会をセットにします。採用時に提示した成長機会を入社後に具体化できれば、候補者への発信と社員の実際の経験も一致しやすくなります。
定着戦略を動かすKPIと、最初の90日で行うこと
結果指標と、改善の進み具合を示す指標を組み合わせる
定着率を測る際は、対象者と観測期間を固定します。例えば「ある期間に入社した社員のうち、入社12か月時点で在籍する社員の割合」と定義すれば、採用時期ごとの比較がしやすくなります。まだ12か月が経過していない社員を同じ指標に混ぜないことも重要です。
会社全体の年間離職率と、この入社者集団の定着率は別の指標です。在籍者が増減する会社で、異なる集計の数値を単純に反転させて「定着率」と呼ぶと、実態を誤解するおそれがあります。対象範囲、分母、退職の扱いを明文化しましょう。
結果指標には、早期離職、事業上重要な役割の離職、入社後の役割達成などを置きます。改善の進み具合は、入社前の説明の確認、受け入れ計画の実行、評価面談後の対応などで追います。数値を増やしすぎず、経営会議で判断に使えるものに絞ることが大切です。
人事だけでなく、経営と現場が責任を持つ
経営者は、事業上必要な人材と投資の優先順位を決めます。人事は、採用から定着までの情報を整理し、制度と現場の運用をつなぎます。現場責任者は、役割の明確化、日常の支援、評価と育成を担います。
役割分担が曖昧だと、採用側と現場側が互いに責任を押しつけがちです。重要な職種では、求人を出す前に、誰が何を任せ、どう育て、いつ確認するかを合意しましょう。
月次で離職や入社後の適応を確認し、四半期ごとに採用要件と職場の改善を見直す運用が考えられます。定着率を管理職の評価に使う場合も、率だけで判断すると退職の圧力や報告の歪みにつながりかねません。担当する職種や組織の事情、支援の実態まで確認することが必要です。
最初の90日は、原因の把握から小さな実装まで進める
最初の30日は、過去の退職記録と在籍者の声を確認し、重点的に改善する職種や部署を決めます。同時に、離職コストの費目を整理し、どこに負担が集中しているかを把握します。ハラスメントや健康、安全に関わる問題は、分析が終わるのを待たず対応します。
次の30日は、重点職種の採用要件、求人情報、選考で伝える内容、受け入れ計画を見直します。全社で一斉に制度を変えるのではなく、一つの職種や部署から始めれば、現場の負担と改善点を確認しやすくなります。
最後の30日は、新しい運用を実施し、候補者と入社者、受け入れ側の声を確認します。この段階では、長期の定着効果を結論づけず、期待の不一致が解消されたか、必要な支援が届いたかを見ます。半年から1年の結果を追いながら修正することが、継続的な戦略につながります。
おすすめ書籍『タレントアクイジション経営』で、経営と採用の接続を学ぶ

採用を継続的な投資として捉え直したい方へ
本記事のテーマをさらに掘り下げたい経営者・人事部長には、鈴木貴史氏の『タレントアクイジション経営 採用を「コスト」から「資産」に変える AIネイティブ時代の人材獲得戦略』をおすすめします。出版社は日本能率協会マネジメントセンターで、2026年10月28日に発売された書籍です。
公表された内容紹介では、事業上重要な「クリティカルポジション」の定義、経営と採用をつなぐ組織設計とKPI、採用マーケティングやタレントプール、国内企業の実践事例、AIネイティブ時代の採用戦略などが扱われています。[8]
欠員が出るたびに採用をやり直す状態から、候補者との関係や採用の知見を蓄積する仕組みへ変えたい方に、学びの選択肢となる一冊です。ここでいう「資産」は経営上の価値を指す表現であり、採用費を会計上そのまま資産計上できるという意味ではありません。
自社の定着課題と結びつけて読む
自社で重要な役割、候補者に約束できる経験、活躍を確認する責任者を問いながら読むと、採用と定着のつながりを整理できます。
人材定着を、採用と組織づくりをつなぐ経営戦略へ
人材定着を進めるには、離職コストを可視化し、不満を減らす施策と働きがいを育てる施策を分け、社員ごとの状況を対話で確かめることが必要です。そのうえで、事業に必要な人材の定義から採用、受け入れ、育成までを一貫して設計します。
タレントアクイジションが重要なのは、採用前の情報と入社後の経験をつなぎ、その知見を次の人材獲得に生かせるからです。経営者と人事部長が共通の目標を持ち、現場とともに改善を続けることで、採用と育成への投資を組織の継続的な力へ変えていきましょう。
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