ウェルビーイング経営とは?生産性・エンゲージメントを向上させる実践方法と企業事例を徹底解説
「制度を整えているはずなのに、なぜか社員のモチベーションが上がらない」「離職率が下がらず、採用コストが膨らむ一方だ」こうした悩みを抱える人事担当者や経営者の方は、少なくないのではないでしょうか。
その背景には、従来の「健康管理」や「福利厚生の充実」だけでは解決できない、より根本的な課題が潜んでいます。それが、従業員の「ウェルビーイング(Well-being)」の問題です。
米ギャラップ社の調査によると、エンゲージメントが高くても「人生において幸福を感じていない(not thriving)」従業員は、幸福を感じている従業員と比べて、燃え尽き症候群(バーンアウト)に陥るリスクが61%高く、日常的なストレスを感じるリスクが48%高いことが明らかになっています。つまり、仕事への熱意だけでは不十分であり、生活全体の幸福度が担保されて初めて、持続的な高パフォーマンスが実現するのです。
本記事では、ウェルビーイング経営の定義から、生産性・エンゲージメントを向上させる具体的な実践方法、そして国内外の先進企業事例まで、人事担当者・経営者の方に向けてわかりやすく解説いたします。
目次
- ウェルビーイング経営とは何か
- ウェルビーイングを構成する5つの要素(ギャラップモデル)
- PERMAモデルで理解するウェルビーイングの実践フレームワーク
- ウェルビーイング経営が生産性・エンゲージメントに与える効果
- ウェルビーイング経営の具体的な実践方法
- 先進企業に学ぶウェルビーイング経営の事例
- ウェルビーイング経営導入時の注意点と失敗パターン
- 中小企業でもできるウェルビーイング経営のはじめ方
- まとめ
ウェルビーイング経営とは何か
ウェルビーイングの定義
「ウェルビーイング(Well-being)」とは、身体的・精神的・社会的にすべてが満たされた、持続的な幸福の状態を意味します。この概念は、世界保健機関(WHO)が1948年の憲章において「健康とは、病気でない、弱っていないということではなく、身体的・精神的および社会的に完全に良好な状態(well-being)をいう」と定義したことに端を発しています。
単に「病気でない」「ストレスがない」という消極的な状態ではなく、仕事にやりがいを感じ、良好な人間関係を築き、私生活も充実しているという積極的な幸福の状態を指します。
ウェルビーイング経営とは、この概念を企業経営に取り入れ、従業員の幸福を企業成長の中核に位置づけ、戦略的に推進する経営手法です。経済産業省も2023年に公表した「人的資本経営の実現に向けた行動指針」において、従業員のウェルビーイング向上を人的資本投資の中核と位置づけており、国策としての重要性も高まっています。
健康経営との違い
ウェルビーイング経営と混同されやすい概念に「健康経営」があります。両者の違いを整理すると、以下のようになります。
| 比較項目 | 健康経営 | ウェルビーイング経営 |
| 主な視点 | 経営者視点(トップダウン) | 従業員視点(ボトムアップ) |
| 対象範囲 | 身体的・精神的健康の維持 | 幸福・やりがい・社会的つながりを包括 |
| 目的 | 医療費削減・生産性損失の防止 | エンゲージメント向上・企業価値の創出 |
| アプローチ | 守りの健康管理 | 攻めの幸福経営 |
健康経営が「守り」の側面を持つのに対し、ウェルビーイング経営は従業員が自律的に幸福を追求できる環境を整える「攻め」の経営戦略です。両者は相互補完的な関係にあり、健康経営をベースとしながら、ウェルビーイング経営へと発展させていくことが理想的な姿といえます。
注目される3つの背景
ウェルビーイング経営が急速に注目されるようになった背景には、以下の3つの社会的変化があります。
①人材不足と離職コストの深刻化
少子高齢化が進む日本では、人材確保が企業経営の最重要課題の一つとなっています。厚生労働省のデータによれば、従業員一人が離職した場合の採用・教育コストは、年収の50〜200%に相当するとも言われます。従業員が長く活躍できる環境づくりは、コスト削減の観点からも不可欠です。
②働き方・価値観の多様化
コロナ禍を経てリモートワークが普及し、「仕事と生活の統合(ワーク・ライフ・インテグレーション)」を重視する働き手が増えました。特にZ世代・ミレニアル世代は、給与水準だけでなく「働きがい」「自己成長」「社会への貢献」を重視する傾向が強く、従来の管理型マネジメントでは人材を引き留めることが難しくなっています。
③ESG投資・人的資本開示の広まり
ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大に伴い、企業が従業員をどれだけ大切にしているかという「人的資本」への投資家・社会からの関心が急速に高まっています。2023年には上場企業を対象とした人的資本情報の開示が義務化され、ウェルビーイングへの取り組みは企業価値評価の指標にもなりつつあります。
ウェルビーイングを構成する5つの要素(ギャラップモデル)
ウェルビーイング経営を実践するうえで、まず「何を高めるべきか」を明確にする必要があります。米ギャラップ社は、世界98%以上の国・地域を対象とした調査をもとに、人が幸福を感じるために必要な5つの要素を特定しています。

キャリアの幸福
日々の仕事にやりがいや誇りを感じている状態です。「自分の仕事が誰かの役に立っている」「成長を実感できる」という感覚が重要です。公正な評価制度、スキルアップ支援、挑戦できる機会の提供が有効な施策となります。
社会的な幸福
職場において信頼できる上司・同僚がいて、良好な人間関係を築けている状態です。心理的安全性の高い職場環境の整備、1on1ミーティングの定期実施、部署横断の交流機会の創出などが効果的です。
経済的な幸福
自分の収入・資産に満足し、将来への経済的な不安が少ない状態です。納得感のある報酬制度、ライフプラン支援、資産形成のための教育機会の提供などが求められます。
身体的な幸福
心身ともに健康で、日々の業務をエネルギッシュに行える状態です。健康診断の徹底、長時間労働の是正、メンタルヘルス相談窓口の設置、運動習慣を支援する福利厚生などが含まれます。
コミュニティの幸福
自分が所属する地域社会・コミュニティとのつながりに満足している状態です。ボランティア活動支援、地域貢献プログラム、社内コミュニティ活動の推進などが有効です。
ギャラップ社の調査では、これら5つの要素の中で最も基盤となるのが「キャリアの幸福」であり、仕事への充実感が他の4つの幸福要素を支えることが示されています。
PERMAモデルで理解するウェルビーイングの実践フレームワーク
ウェルビーイング経営の実践指針として、心理学者マーティン・セリグマン博士が提唱した「PERMAモデル」も広く活用されています。
PERMAモデルの5要素と職場への応用
PERMAとは、以下の5要素の頭文字を取ったものです。
| 要素 | 意味 | 職場での施策例 |
| Positive Emotion(ポジティブ感情) | 前向きな感情・喜び | 感謝を伝える文化の醸成、残業削減、メンタルヘルスケア |
| Engagement(エンゲージメント) | 仕事への没入・熱意 | 強みを活かした役割設計、目標管理制度の整備 |
| Relationships(良好な人間関係) | 信頼・つながり | メンター制度、部署横断の交流イベント |
| Meaning(意味・意義) | 仕事の目的・使命感 | 企業理念の浸透、社会貢献との接続 |
| Achievement(達成・成長) | 成果を実感できる環境 | 資格取得支援、昇進・昇格の透明化 |
近年では、これに「Health(健康)」を加えた「PERMA+Hモデル」も注目されており、身体的健康をウェルビーイングの基盤として明示的に位置づける動きが広まっています。
ウェルビーイング経営が生産性・エンゲージメントに与える効果

生産性向上への直接的な影響
ウェルビーイングと生産性の関係については、複数の研究機関が定量的なデータを示しています。
米国立衛生研究所(NIH)の研究では、身体的・精神的・感情的に良好な状態にある従業員は、職場で最適なパフォーマンスを発揮する可能性が高いことが示されています。また、SHRM(米国人材管理協会)の調査では、90%以上のビジネスリーダーが「ウェルネスの推進が従業員の生産性とパフォーマンスに影響を与える」と回答しています。
さらにギャラップ社のデータによれば、ウェルビーイングが低い状態が放置されると、バーンアウトによる離職・生産性損失コストは全世界で年間3,220億ドルに上ると推計されています。
エンゲージメントとの相乗効果
ウェルビーイングとエンゲージメントは、相互に強化し合う関係にあります。ギャラップ社の研究によれば、エンゲージメントが高い従業員であっても、人生全体の幸福度(ウェルビーイング)が低い場合、燃え尽き症候群のリスクが61%、日常的な不安のリスクが66%高まります。
逆に言えば、エンゲージメントとウェルビーイングの両方を高めることで、その効果は相乗的に増大します。仕事への熱意と人生全体の充実感が両立したとき、従業員は最も高いパフォーマンスを発揮し、組織への貢献意欲も持続します。
採用・定着への好影響
ウェルビーイング経営への取り組みは、採用ブランドの向上にも直結します。「従業員を大切にする企業」という評判は、転職サイトの口コミや採用候補者の企業選択に大きな影響を与えます。特に、就職・転職市場で存在感を増すZ世代・ミレニアル世代は、企業のウェルビーイングへの姿勢を重要な選択基準の一つとしています。
ウェルビーイング経営の具体的な実践方法

ステップ1:現状把握とサーベイの実施
ウェルビーイング経営の第一歩は、自社の従業員の現状を客観的に把握することです。エンゲージメントサーベイ、ストレスチェック、ウェルビーイング診断などを定期的に実施し、「どの部門に課題があるか」「どの要素が低いか」をデータとして可視化します。
重要なのは、調査結果を「見て終わり」にしないことです。結果を経営層・管理職・従業員と共有し、改善に向けた対話の起点とすることで、従業員は「自分の声が経営に届いている」と感じ、エンゲージメントの向上につながります。
ステップ2:トップコミットメントの表明
ウェルビーイング経営が形骸化する最大の原因の一つが、経営層の本気度が伝わらないことです。人事部門が旗を振っても、経営トップが「残業は当たり前」「休暇は取りにくい」という姿勢を示していては、現場の行動は変わりません。
経営トップが「ウェルビーイング経営を推進する」という強いメッセージを社内外に発信し、自らも率先して実践することが、組織全体の意識変革の起点となります。楽天グループが2019年にCWO(Chief Well-being Officer)を設置したのは、まさにこのトップコミットメントを組織に示すための取り組みです。
ステップ3:5つの要素に対応した施策の設計
ギャラップモデルの5要素(キャリア・社会・経済・身体・コミュニティ)に対応した施策を体系的に設計します。すべてを一度に実施する必要はなく、サーベイで明らかになった自社の課題領域から優先的に着手することが現実的です。
以下に、各要素に対応する具体的な施策例を示します。
| 要素 | 具体的な施策例 |
| キャリアの幸福 | 1on1ミーティングの定期実施、社内公募制度、資格取得支援 |
| 社会的な幸福 | 心理的安全性研修、メンター制度、部署横断プロジェクト |
| 経済的な幸福 | 評価・報酬制度の透明化、ESOP(従業員持株制度)、ライフプラン相談 |
| 身体的な幸福 | フレックスタイム制・リモートワーク導入、メンタルヘルス相談窓口、運動支援 |
| コミュニティの幸福 | ボランティア休暇制度、地域貢献活動への参加支援 |
ステップ4:PDCAサイクルによる継続的改善
施策を実施したら、必ずその効果を測定し、改善サイクルを回します。定期的なサーベイで施策前後の数値を比較し、効果が出ていない場合は原因を分析して施策を見直します。
ウェルビーイング経営は「一度導入すれば完成」ではなく、継続的な改善を前提とした長期的な取り組みです。PDCAサイクルを組織に定着させることで、ウェルビーイング経営が企業文化として根付いていきます。
先進企業に学ぶウェルビーイング経営の事例
トヨタ自動車株式会社:「幸せの量産」を掲げる経営
トヨタ自動車は、「幸せの量産」を企業ビジョンに掲げ、従業員・顧客・社会の三者のウェルビーイングを重視する経営を推進しています。社内では「Emotional Well-Being研究会」を定期的に開催し、感情と働きがいの関係を多角的に議論・研究。現場単位でウェルビーイングに関するサーベイを実施し、結果をもとに職場環境やマネジメントを継続的に改善しています。
ロート製薬株式会社:経営ビジョンとしてのウェルビーイング
ロート製薬は経営ビジョン「Connect for Well-being」を掲げ、従業員の心身の健康だけでなく、学び・社会貢献・キャリアの自律まで含む取り組みを体系化しています。リスキリングを目的とした休職制度や、柔軟な働き方の運用など、従業員が前向きに挑戦できる環境づくりを段階的に進めており、ウェルビーイングを経営の柱として社内外に継続的に発信しています。
楽天グループ株式会社:CWO設置とデータ活用
楽天グループは2019年にCWO(Chief Well-being Officer)を設置し、「個人」「組織」「社会」の3つの観点からウェルビーイングを推進しています。身体・メンタル・人間関係・経済面といった領域を横断する社内プログラムを整備し、定期的なサーベイ結果を全社で共有・改善。チーム単位の「コレクティブ・ウェルビーイング」にも注力し、社内の知見をガイドラインとして外部にも公開するなど、デジタル企業らしいデータ活用とオープンな発信が特徴です。
ウェルビーイング経営導入時の注意点と失敗パターン
注意点①:トップダウンの押しつけにならないようにする
ウェルビーイング経営の最大の落とし穴は、経営者が「幸福の形」を一方的に決めてしまうことです。「社員のために」と思って導入した施策が、従業員にとっては余計なお世話になるケースは少なくありません。
ウェルビーイングは本質的に主観的なものであり、何が幸福かは個人によって異なります。施策の設計段階から従業員を巻き込み、「共創型」のアプローチを取ることが成功の鍵です。
注意点②:施策の「見せかけ化」を防ぐ
福利厚生を充実させても、実際には利用しにくい雰囲気がある、制度はあっても上司が使わせてくれない——こうした「制度と文化のギャップ」が生じると、従業員の不信感を招き、逆効果になることがあります。
制度の導入と並行して、管理職の意識改革・行動変容を促すマネジメント研修を実施することが不可欠です。
注意点③:短期的な成果を求めすぎない
ウェルビーイング経営の効果は、すぐに数値として現れるものではありません。離職率の低下、エンゲージメントスコアの向上、生産性の改善などは、継続的な取り組みの積み重ねによって徐々に実現するものです。
経営層が短期的な成果を求めて施策を次々と変えてしまうと、現場は疲弊し、取り組みが定着しません。3〜5年単位の中長期的な視点で取り組むことが重要です。
中小企業でもできるウェルビーイング経営のはじめ方
大企業の事例を見て「うちには規模が違いすぎる」と感じる方もいるかもしれません。しかし、ウェルビーイング経営は大企業だけのものではありません。むしろ、中小企業は意思決定が速く、経営者と従業員の距離が近いという強みを活かして、より迅速にウェルビーイング経営を実践できます。
コストをかけずにできる3つの施策
①1on1ミーティングの定期実施
上司と部下が週1回・30分程度の1on1を実施するだけで、従業員の心理的安全性と「自分の声が届いている」という実感が大幅に向上します。ツールや予算は不要で、今日から始められる施策です。
②感謝・称賛の文化づくり
Slack等のチャットツールに「感謝チャンネル」を設けたり、朝礼で「昨日誰かに助けてもらったこと」を共有する習慣をつくるだけで、社会的幸福(良好な人間関係)の向上に直結します。
③フレックスタイム・リモートワークの導入
働き方の柔軟性は、身体的幸福と経済的幸福(通勤コスト・時間の削減)の両方に寄与します。完全リモートでなくても、週1〜2日のリモートワーク導入から始めることが可能です。
まとめ
ウェルビーイング経営は、単なる「従業員への優しさ」ではありません。従業員の幸福を高めることが、生産性・エンゲージメント・採用力・企業価値の向上につながるという、明確なROI(投資対効果)を持つ経営戦略です。
ギャラップ社のデータが示すように、ウェルビーイングが低い状態を放置することのコストは計り知れません。一方で、ウェルビーイング経営に取り組む企業は、優秀な人材を引き寄せ、長く活躍させ、イノベーションを生み出す組織へと変革していきます。
「何から始めればいいかわからない」という方は、まず従業員サーベイを実施し、自社の現状を把握することから始めてみてください。小さな一歩が、組織全体のウェルビーイングを高める大きな変革の起点となります。
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